割烹 ~割烹着の女の子とメイド服の女の子が百合っ百合するお話~
さる旧家の庭、黒髪の少女が割烹着姿で、ホウキを手に庭掃除にと勤しんでいた。
秋の和風庭園、散りゆく紅葉。飛び石の上に落ちた葉を、あえて全て掃き捨てはせず、程よく残して。
晩秋の情緒を目で楽しめるようにとの、この屋敷の女主人のこだわりである。
正直、掃除をする身としては少々面倒だが。
幼い頃から家族同然に育った、姉とも慕う主人の言いつけを、彼女は忠実に守っている。
「……ふぅ」
額の汗を拭い、一息ついていると。
「oh、美沙緒! お掃除は終わりデースカ?」
「もう、まだですよ。邪魔しないでくださいませんか?」
片言の日本語で抱き付いてくる金髪の少女。その身体に纏う衣装は、洋風のメイド服。
自分より幾分背の低い、幼い顔を胸から引き剥がして。
割烹着の少女……美沙緒はため息をつく。
「マルリィ、貴女こそお掃除は終わりましたの? お姉さまから、居間の掃除を仰せつかったはずですよ?」
「ノー、マルリィお仕事飽きマーシタ! 美沙緒と遊びたいデース♪」
懲りずに抱き付いて、頬を寄せてくるメイド服の少女、マルリィ。
「もう、お姉さまが貴女を引き取ったのは、遊ばせるためではないですのに……」
17歳の美沙緒と13歳のマルリィ。頭一つ分ほど身長の低いマルリィの金の髪を、仕方なしに撫でてあげる。
「えへへー、マルリィ遊び盛りデス! お仕事より、大好きな美沙緒と一緒がいいデース」
「……困った子ですわ」
天涯孤独な身の上だったマルリィを、美沙緒の「お姉さま」……この屋敷の女主人が引き取ったのは一週間ほど前。
(正直、お姉さまと二人きりが良いですのに……)
美沙緒にしてみれば、マルリィは邪魔な闖入者。しかも、主人が彼女を引き取った理由が、「だって、可愛いじゃないか、金髪幼女」だというのも腹立たしい。
彼女のメイド服だって、似合いそうだからと主人が用意した、特注品なのだ。
私には、そんなの買ってくれたこともないのに。
「……ええ、どうせ私は典型的な日本人ですわ。割烹着しか似合わない地味娘ですわ」
「マルリィ、美沙緒はとても可愛い思いマース! 大和ナデーシコ!」
舌足らずな片言で、天真爛漫な笑顔を向けるマルリィ。
八重歯を覗かせた、その愛くるしい笑顔に。
「あ、貴女に褒められても嬉しくありません!」
言葉とは裏腹に、美沙緒の頬は紅葉より赤く染まる。照れ隠しで自慢の黒髪をいじりながら、声が上擦るのを誤魔化す。
「でもその服も素敵デスけど。美沙緒はメイドの服似合う思いマスヨ? マルリィ、美沙緒のメイド姿、すごく、すごく見たいデース♪」
「結構です!」
どうせ、貴女ほど可愛くはなれませんから。
嫉妬を胸に押し隠し、美沙緒は掃除を再開しようとするが、
「oh、では裸になりマショウ♪」
「……なんでそうなるんですか?」
呆れ顔で睨んでやりながら、ホウキを片付けに掛かる。
落ち葉を踏みながら歩く美沙緒、その後ろからカルガモの子供のように、ぴょこぴょこ付きまとうマルリィ。遊んで、遊んでと割烹着の裾を引っ張る。
「もう、どうして私に、そんな構うのですか」
こちらは、お姉さまとの間に割り込む邪魔者と思ってるのに。
そんな美沙緒の内心も知らず。マルリィはにこっと笑って。
「だって、美沙緒はマルリィの憧れデス♪ 大和ナデシコ、素敵ネ!」
無邪気に、腕に抱き付きながら。
「大好きデス、お姉さま♪」
「わ、私が、お姉さま……!?」
考えてもなかった言葉に。
……きゅん。
心臓が跳ねた。
ああ、そうか。それなら分かる。美沙緒が主を慕うのと、マルリィが美沙緒を慕うのと。
同じ感情だというなら、どんなに付きまとわれても、怒れるはずがない。
「……私を、お姉さまだと思うなら」
少し屈み込んで、マルリィと視線を同じ高さに合わせ。
「お姉さまの言うことは、ちゃんと聞いてくださいね?」
金色の髪の下。マルリィの幼い額に。
……ちゅっ。
軽く口づけ。
「良い子にしてたら、続きをしてあげます」
「……」
驚いた様子で言葉を失うマルリィ。その瞳が、星のように輝いて。
「ハイ、マルリィ良い子にシマース! だから次はマウストゥマウスお願いデス、お姉さま♪」
「も、もう! 外人さんはこれだから! はしたないですよ!?」
仲睦まじく、屋敷へと戻っていく二人。
その後ろで、燃え上がる恋の色のように。真っ赤な紅葉が墜ちていった。