第三話
ヘルベルトに教えられた道を行くと、そこに妖精の導き亭があった。この街でも珍しい木造四階建ての酒場兼宿屋だ。たしかに人気があるらしく、客の出入りも頻繁だ。
ユウが若干気おくれしたような顔で店に入ると、そこは冒険者の店の典型といってもいい場所だった。店内には丸テーブルがいくつも置かれ、いかにも冒険者らしい外見の男女がたむろしている。酒場のカウンターの奥からは料理のいい匂いがしていて、宿のほうのカウンターには店主らしい親父が座っている。白髪だががっちりとした黒人の偉丈夫で、若い頃は有名な戦士だったといわれても誰も疑わないだろう。
ユウがきょろきょろしていると、店主が声をかけた。
「おい、そこの。邪魔になるからこっちに来い」
ユウが声のほうに行くと、店主はじろりとユウを見た。まるで一目で本質を見極めるような目つきだ。
「酒か、宿か?」
ちょうど昼ごろになっていた。携帯食料はあるが、街にいるのだから味的にも栄養的にもきちんとしたものを食べるべきだろう。
「まずは食事と宿を。落ち着いたところで依頼をお願いします」
「ほう、俺はここの店主のシドだ」
シドは初めて会う自分を相手に臆せず答えたユウに一目置いたようだ。実際は緊張で挙動不審になりかけたところを適当にそれらしい雰囲気の台詞を言ってごまかしただけなのだが。
「食事は大銅貨五枚から十枚、宿は小銀貨五枚で朝と夜は食事つきだ。まずは宿帳だな」
シドはカウンターから宿帳を取り出した。代筆が必要かたずねなかったのは杖で魔術師と分かったからだろう。
宿帳に名前を書き入れるとシドが受けとった。
「ユウと言うのか、次は部屋だな。おい、ペトラ、部屋に案内だ」
「ちょっと待って、これ運んだら行くから」
接客しながらシドに答えたのは十歳にも満たない少女だった。おそらくシドの娘か孫だろう。
「私ペトラ、よろしくね」
良い笑顔だ、五、六年もすれば評判の看板娘になるだろう。
「ユウだ、こちらこそよろしく頼むよ」
ペトラに二階の部屋まで案内された。部屋の中を見るとあまり広くはないが、清潔でベッドもきちんとしている。この部屋が食事つきで小銀貨五枚ならじゅうぶんに安い。ヘルベルト氏の紹介はやはり間違いなかったようだ。
荷物を下ろしマントを外したユウは、杖だけ持ってさっそく一階に下りて行った。空いているテーブルに座るとペトラがやってくる。
「お兄さん字は読める? だったらあれがメニューね。おすすめは日替わり定食だよ」
昼のかき入れ時だ、忙しそうにしているペトラに悪いと思ったのか素直に日替わり定食を注文した。
待っているあいだに改めて店の中を観察してみる。先ほどは気付かなかったらしいがカウンターのそばに掲示板があり、紙が何枚も貼られている。覗いてみると依頼票のようだ。あの中から自分で選ぶか、店主のシドに自分向きの依頼を紹介してもらうのだろう。テーブルを見るとやはり冒険者風の客が多い。人間も多いがドワーフやハーフリングに獣人族、少ないがエルフもいる。職にしても戦士風、僧侶風、斥候風に数は少ないが魔術師と、これもまんべんなく揃っている。
「はいお待たせ、日替わり定食だよ」
店を観察している間に料理が出来上がったようだ。ペトラから料理を受け取ると代金の大銅貨五枚を支払った。
献立は野菜サラダと鶏肉のシチューに黒パンだった。そのおいしそうな香りに我慢できなくなったのか、ユウは早速食べ始める。サラダはわずかな塩と油で味が整えられているが、実に新鮮そうで食欲をそそる。シチューは素朴な見た目だが、大ぶりの鶏肉やジャガイモがごろごろ入っていて充分な食べごたえがありそうだ。ユウの食べる速さから見ると、量だけではなく味もよほど良いのだろう。黒パンは少し硬いが、シチューにつけるとちょうど良い柔らかさになるし、量もたっぷりある。
じっくり味わいながら食べ終えたユウは、食事についてきた水を飲んで一息ついた。これも良い水だ。そもそもまともな水源があっても井戸からくみ上げる労力があるのに、無料で飲用の水をつけているという事だけでどれほど良心的な店かわかるというものだ。
食事が終わってすっかり落ち着いたのか、ユウは改めてシドがいるカウンターに向かった。
「すみません、さっそく依頼の紹介を……あ、その前に一緒に依頼を受ける相手の紹介をお願いします」
「ああ、お前みたいな魔術師が一人だと、あっという間に近寄られて袋叩きだからな。それでどのくらいの腕だ?」
冒険者としての実力があまり離れていると上手く行かないので、これは当然の質問だ。
「一応、氷嵐の呪文は普通に使えます」
「ほう、そこまで使えるとなると並みの奴らじゃだめだな。となると……おい、グランとトピン、それにレイラとセフィーナ、こっちに来てくれ」
シドは感心した様子で四人の男女を呼び寄せた。
「シドよ、何の用じゃ」
「シドのおっちゃん、どうかしたの?」
「あ? アタシになんか用か?」
「シドさん、なにかありましたか?」
やって来たのはドワーフの戦士らしき男、ハーフリング、人間の女戦士、エルフの女性だ。
「おう、こいつはユウ、新人だがなかなかの腕の魔術師だ。お前ら、こいつと組んで依頼を受ける気はないか?」
「シドの目利きは信頼しとるが、即答はできんな。本格的に組むなら一度簡単な依頼を受けてみてからじゃな」
ドワーフの戦士は慎重に答えた。
「おいらはいいよ、最近仕事がなくって懐がさびしいから」
ハーフリングは気楽そうに言う。あまり物事を深く考えていないようだ。
「仕事がないのは人数が足りないからだろうが。だからこうやって紹介してやってるんだぞ。まあそれは置くとして、嬢ちゃんたちはどうする?」
「あー、コイツが新人だってのが不安だけど、こっちの財布も厳しいからね、一度試してみようか」
女戦士はあきらかにユウを値踏みしている表情だ。
「シドさんの人を見る目は信用できますから、私はかまいません」
エルフの女性はシドの人物鑑定に深い信頼を持っているらしい。
四人の様子を見てシドが手をたたいた。
「よし、話はついたみたいだな。ならまずはあっちのテーブルで自己紹介でもするんだな」
シドに促されてテーブルに着いたユウたちは、自己紹介を始めた。
「儂はグラン、戦神の神官戦士じゃ。と言っても神官としては新米もいいところじゃがな」
そう言いながら笑うグランは重厚な金属鎧にこれも重そうな両刃の戦斧と盾を背負っていて、腰には戦鎚をぶら下げている。がっちりした体格にユウの胸くらいまでしかない身長、それに長いあごひげなどを合わせると、誰もが想像するようなドワーフの戦士そのままだ。
「へへ、おいらは斥候で野伏のトピンだよ。何か知りたいことがあったら聞いてね、安く教えてあげるよ」
トピンはハーフリングだ。見た目で性別は分からないが、話し方からすると男だろう。人間の半分くらいの身長のせいで子供に見えるが、その器用さと敏捷性は人間とは比べ物にならない。軽めの革鎧を着て腰には小剣を差しているが、おそらく予備や投擲用としての短剣を何本か隠し持っていることだろう。
斥候は隠密性に優れた職業で、潜入や偵察だけでなく罠の解除や鍵開けなども得意だ。盗賊と名乗らないのは人から盗むのではなく、あくまでその能力を生かした冒険者が本業だという意思表示だ。それでも胡散臭げな眼で見られることが多いのは魔術師と変わらないが、そもそも冒険者というだけでごろつき同然にみられるのだから大したことはない。そして野伏は野外版の斥候のようなもので、野外活動全般と投擲や射撃に秀でている。
「アタシはレイラ、見ての通りの戦士だ」
レイラは人間の女戦士だ。実用性優先のずっしりした鎖帷子を身にまとい、背中には大剣、腰には小剣を佩いている。かなりの美人だが気が強そうで、その黒髪を短髪にしている。黄色人種のようだが肌は小麦色に焼けていて、身長はユウとほとんど変わらないだろう。鎖帷子ではっきりとは分からないが、その体はしっかりと筋肉がついていながらも見事な曲線を描いている。その魅力にユウは思わず彼女を凝視しそうになったが、なんとか目をそらすことに成功した。
「私は精霊魔術師のセフィーナ。よろしくお願いしますね」
セフィーナはエルフだ。抜けるような白い肌に長い金髪、エメラルドのような碧の瞳をしている。四大やその他の精霊の力を借りて魔術を行うのが精霊魔術師だ。強力だが対応する精霊のいない場所では呪文の効果が弱められたり使えなかったりするのが弱点らしい。革鎧を着て腰には細剣と短剣を佩いているが、近接戦闘に向いているようにはまったく見えない。ユウはまたその美貌とほっそりした体つきを見つめかけたが、無理やり男たちのほうに視線を持っていった。
「俺はユウ、古代語魔術師で賢者も兼ねてる。山から下りてきたばかりなんで一般常識に欠けるかもしれんがよろしく頼む。ところでどっちも二人連れみたいだが、なにかあったのか?」
「ああ、うちは二人が結婚引退、嬢ちゃんのところは喧嘩別れじゃな」
「うるさい! あいつらがアタシらの体目当てだったから叩き出してやったんだ」
グランの説明にレイラが食ってかかる。ユウは危ういところで助かったとほっとした表情だ。
「さてと、これで自己紹介も終わったし、次はお互いの武装を確認して隊形を決めようか」
「なんだよ、そんな面倒くさいことしなくても大丈夫だろ」
ユウの提案にレイラが噛みついた。
「レイラ、あなたいつもそんなこと言っているけど、力押しだけではいつか限界が来るわよ」
「わーったわーった。じゃ、さっさと決めようぜ」
レイラはセフィーナにまで言われてやっと同意した。
各自の戦力確認と隊形決めが終わったところでシドから呼び寄せられた。
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