第二話
老農夫が祐一と雑談をしつつ馬車を進めていくと、遠くに町が見えてきた。
さて、今まで町としか呼んでいなかったが、実際はこの地方で一、二を争う大都市であり、名前はトフリートという。この世界では当然のことだが街全体が魔物対策の城壁で囲われており、近くの川から水を引いているので水掘まである。この都市は交通の要所で東西南北に門があるが、彼らが来たのは北門からだ。
農夫とユウは門で通行料を支払った。小銀貨一枚を払うと大銅貨が五枚返ってくる。租税を支払う定住者は通行料を払う必要はないが、一時の出入りには通行料が必要なのだ。
街の中を見ていると人種のごった煮のようだ。エルフは珍しいのか数が少ないが、ドワーフ、ハーフリング、獣人族などに、人間は白人が多いが黄色人種や黒人もいる。老農夫が白人だったので黒目黒髪が目立たないかと少し心配そうな祐一だったが、これなら大丈夫そうだ。
彼がおのぼりさん丸出しであちこち見まわしていると、老農夫が笑い顔でたしなめた。
「ほら、街を見るのは後でもできる。まずは荷を売りに行かんと」
そのまま老農夫が懇意にしている商会に向かう。表通りは人が歩く道なので馬車用の通りを行くと、少し進んだところに荷揚げ場が見えてきた。どうやらここがその商会らしい。老農夫はそのまま荷馬車を入れると声を上げた。
「おーい、わしじゃ。荷を持ってきたぞ」
すると奥からいかにも商人らしい痩せた男が現れた。その服装もほっそりした腕も荷揚げ場にはまったく似つかわしくない。
「これはヘルムさん、お久しぶりです」
ヘルムは久しぶりに会うはずの男から名前を呼ばれたのに驚いたふうでもない。人の顔を覚えるのは商人として必要な技能のひとつだ。ヘルムの名前をすっと出したこの男は優秀な商人なのだろう。
そういった状況を見て取ったのか、祐一は小声でヘルムにささやいた。
「そんな態度で大丈夫なんですか? なんか失礼な気がするんですけど」
祐一の慌てようは鼻で笑われた。
「なに、うちで作っとるハムとベーコンは人気じゃし、兎の毛皮もいい値で売れる。わしはお得意様なんじゃよ」
祐一は少し安心したようだが上から見下ろすのは失礼だと考えたのだろう、すぐに御者台から下りた。だがヘルムはまったく慌てる様子もなく御者台から声をかける。
「よう、今日はいつもの荷のほかに大イノシシもあるぞ。それにそいつを倒した魔術師もおる」
商人は祐一のほうを向いた。初対面の怪しげな魔術師を相手にしても一切態度を変えることはない。
「はじめまして、わたくしアルミール商会のヘルベルトと申します。このたびは大イノシシをお持込みいただいたそうで、ありがとうございます」
「私は祐一……いえ、ユウと言います」
その名乗りはこの世界で生きていくという彼の決意表明だった。ただし、この世界の人には呼びづらい名前だということのほうが大きいかもしれない。
「では商品を見せていただきますね」
ヘルベルトはユウに一礼すると、イノシシを検分し始めた。
「ほう、これは全くの無傷、おそらくは魔術の一撃で仕留めていますね。それに血抜きも完璧、実にすばらしい品です。どうでしょう、小金貨二枚でいかがですか?」
その価格にヘルムが反応する。
「おい、お前さんともあろうものがいきなりそんな高値を付けるなぞ、どうしたんじゃ?」
「これだけの腕をお持ちの魔術師の方はなかなかいらっしゃいません。これを機に縁を結ぶことができればこの程度は安いものですよ」
実に商人らしい先物買いだ。
「それほどのものかい?」
「はい、どんな方と仲間になるかにもよりますが、ぜひ依頼をしたいですね」
「へえ、このあんちゃんがねえ。よし、えらくなったらうちのベーコンの宣伝でもしてくんな」
ヘルムは半信半疑と言った顔だ。
「それほどの者ではないですが、依頼をいただけるのは助かりますので、その節はよろしくお願いします」
ユウにしても実力のある商人との縁は役立つに違いない。彼はヘルベルトに対して礼儀正しく答えた。
「いえ、こちらこそ。ところで冒険者の店はどちらですか? その際はご連絡を差し上げたいのですが」
「あの、まだ決まってないんです。よかったらおすすめのところを教えていただけませんか?」
ユウが慌てて答えると、ヘルムが思い出したように言った。
「そういや兄ちゃん、街に来るのは初めてだったな」
「それはそれは。ますます懇意になって損はないですね。さて、おすすめの店というと妖精の導き亭ですね。食事や宿泊も良いらしいですし、来る依頼も多いです。なにしろ当店も依頼を出していますから」
ここのようなきちんとした商会が依頼を出すくらいだ、信用のある店なのだろう。
「ありがとうございます、妖精の導き亭ですね。では、そこに行ってみます」
ユウのイノシシの清算は問題なく終わり、今度はヘルムとヘルベルトの間での価格交渉が始まる。最終的には合意に達して無事に清算が終わったが、その交渉の激しさにユウは圧倒された様子だ。
本物の交渉を見たユウは自分の力不足に気付いたのだろう、これから交渉力を鍛えていくことにしたようだ。
「じゃあ、これが約束の三割ですね」
ユウが大銀貨を六枚渡すとヘルムはしっかり受け取った。
「おう。じゃあわしはここで別れるが、わしの耳にも届くような有名な冒険者になるんだぞ」
「はい、頑張ります。いろいろありがとうございました」
ヘルベルトにも挨拶をすると、ユウは妖精の導き亭へ向かった。
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