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野垂れ死ぬよりマシだろう  作者: まぎうす
第一章 町と依頼と仲間たち
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第一話

 祐一が辺りを見回すと、そこは日の光が差す林の中だった。太陽の位置からすると午前中の早い時間のようだ。まわりには人影や動物の気配もなく、実にのどかな風景だ。近くには街道があるが、誰も通る様子がない。


 彼は荷物を下ろすとばったりと大の字に倒れた。すると、それに驚いたのかマギが近くの枝に移る。


「あー、緊張したっ! 本物の神様ってなんだよ! こんなに敬語を使ったのも何年ぶりだ?」


 そう、祐一は神様の前で猫をかぶっていたのだ。まあ相手が相手だけに、例えバレていたとしてもやって損はないだろう。


「まずは一息入れて落ち着かないと。それから荷物の確認だな」


 しばらくそのまま休んでいたが、体を起こして背負い袋の中身を確認すると希望通りの荷物がきちんとそろっていた。


「それじゃ移動だが、さすが神様は親切だ。ここからなら町まで三時間くらいか」


 師匠と住んでいた庵から街道に出るまで丸二日かかったはずだ。師匠の作る魔法の品に価値がなければ行商人も決して来なかっただろう。町まで二日以上歩かざるを得ない状況だったはずなのに、神様は街道のすぐそばに送り込んでくれたのだ。


「マギ、こっちに来てくれ」


 呼びかけると、マギはおとなしく祐一の肩に飛び移る。


「さあ、街に行くか。ただ歩くのも虚しいからスキルを生かして薬草採取もするか。町で売れるかもしれないしな」


 一人が多かった祐一は独り言がクセになっていた。





 祐一が歩きはじめて一時間ほどたった時、近くの草むらがガサガサと音を立てた。


「風……じゃないよな、こういう時に定番の女の子とかだと嬉しいんだけど」


 彼がくだらないことを言っている間に草むらから出てきたのは、体長二メートルを超えるイノシシだった。木の根でも探していたのか、鼻づらと牙で土をえぐりつつゆっくり進んでいたが、祐一に気付くとジロリと視線を向ける。


「イノシシって雑食なんだよな。かなりの大きさだし見逃してくれないかな……」


 そんな祈りも虚しく、彼を見据えたイノシシは地面を掻いていまにも突進しそうだ。


 普通であればあわてて逃げるところだが、祐一はおちついて荷物を下ろした。山でイノシシを退治した記憶があるのだろう


「上手く行けばなかなかの値で売れるけど、どうなるかな」


 祐一はマギにイノシシの注意を引くように命じると呪文の詠唱に入る。マギが鉤爪でイノシシを引っ掻いているあいだに魔術が発動した。


「魔力の矢!」


 白く輝く矢が杖の先から飛び出すと、イノシシの額に突き刺さった。上手く弱点に当たったのか、イノシシは一声も上げずにばったりと倒れた。

 念のためにマギに突っついてもらい生死を確認するが、完全に死んでいる。


「魔力を追加しておいてよかったな、一撃ですまなかったらやられてたかも」


 祐一は魔力を追加することで魔力の矢を強化していたのだ。通常の三倍の魔力を使ったことで少し脱力感があるようだが、それよりも倒したイノシシの大きさにため息をつく。


「これだけ大きいと血抜きも大変だな」


 たまのご馳走である動物の解体は彼の役目だったのだ。獲物の血抜きや解体をした記憶があるのは当然だ。


 彼はイノシシを近くの木に頭を下にして立てかけると、そのそばに深めの穴を掘った。


「俺の腕力じゃとうてい吊るせないから、これくらいしかできないな」


 祐一がイノシシの喉笛をナイフで切り裂くと、血が一気にあふれてきた。その血が掘った穴にそそぐように位置を調整すると、今度は後脚の足首のあたりに切れ目を入れる。上から空気が入ることで血抜きの速度が上がるのだ。ちなみに穴を掘ったのは血の臭いで肉食獣が来る可能性を少しでも減らすためだ。


 血抜きが終わるまでの間マギに周囲の警戒をまかせておき、荷物を近くに引き寄せて少しでも休むことにする。


 しばらくたって血抜きが終わると血が入った穴を埋め、祐一はまたため息をついた。


「これだけの大物だから毛皮も高く売れそうだけど、狼が来そうだからここで解体するわけにもいかないし、そうすると引きずっていくしかないか」


 せっかくの毛皮が傷みそうなことに肩を落としていると、マギから注意を促された。マギから借りた視界に入ってきたのはこちらに向かっている荷馬車だ。荷物や服装を見ると、町に作物を売りに行く途中の農夫らしい。


「ちょうどいい、町までイノシシを載せていってもらおう」


 あまり目立たないようにマギは自由にさせておく。魔術師は疎まれているとまではいかなくても、怪しげな呪文を使うということで多少の偏見はあるのだ。杖で魔術師と分かってしまうので彼自身は無理としても、せめてイノシシは載せてほしいところだ。


 荷馬車が近づいてくると、祐一は道の真ん中に出て大きな声で呼びかけた。


「おーい、そこの馬車の人、止まってください」


 老農夫はうさん臭そうな顔をすると、馬車を止めて御者台に乗せていた四本歯の鋤を構えた。農具ではあるが槍に近い殺傷力を持っているので自衛には充分だ。


「なんだ、何の用だ?」


 過剰反応にも思えるが、行商人が野盗に襲われて身ぐるみ剥がれるなどはよくあること、この警戒も実に当然だ。


「すみません、そこでイノシシを倒したんですが大きすぎて運べないんです。町まで運んでもらえませんか? もちろんお礼はします」


 実際にイノシシを見た農夫は警戒を解いたのか、鋤を御者台に戻すと祐一に返事をした。


「おお、かなりの大物だな、こりゃ運べんわ。それにいい手際だ、血抜きもきちんとしてある。よし、いいだろ」


「ありがとうございます、下手をするとここに放置するところでした。ところでお礼ですが」


「うん、町で売れた金額の五割だな」


 老農夫はにやりと笑いながら言った。


「それはあんまりです、一割で」


 祐一は哀れを誘う表情を作ったが、どこか楽しそうにも見える。なにしろこれから生まれて初めての交渉が始まるのだから興奮しないはずがない。


「儂が運ばんと売れんだろ、四割」


「引きずっていけば肉は売れます、一割五分」


 この後も延々と価格交渉が続いたが、最終的には売れた金額の三割で話がまとまった。祐一はあきらかに値切りの面白さを知った様子だ。


 二人がかりで苦労してイノシシを荷台に乗せると農夫が言った。


「ほれ、あんたも御者台に乗らんかい」


「いいんですか、助かります」


「なに、わしが子供のころに村がゴブリンに襲われたことがあってな。その時は冒険者に退治してもらったんだが、わしも危うく死ぬところを魔術師に助けられた。そのとき以来、魔術師だからといって変な目で見ないことにしたんじゃ」


 彼はその言葉に心底安堵した表情をしている。


「それはよかったです。師匠からさんざんいろんなことを吹き込まれていたんで、正直街に行くのが怖かったんです」


「なんじゃ、町に行くのは初めてか」


 農夫は興味深そうな顔だ。


「ええ、師匠から、いちおう一人前になったんだからいいかげんに出て行けと言われまして」


「追い出されたのか?」


「いつまでも居座ってのんびりした生活をするつもりだったんですけどね」


「そりゃだめだ、だいたい嫁取りはどうするつもりじゃ?」


 老農夫は心底あきれたように言い返した。


「たしかに嫁は欲しいんですよね、そこが悩みで」


 老農夫が祐一と雑談をしつつ馬車を進めていくと、遠くに町が見えてきた。


ご意見やご感想、誤字の指摘などお待ちしています。

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