プロローグ5
「では記憶の転写を行いますが、その前にまずスキルを表示してみてください」
彼が「スキル」と念じると、ステータスと同じく目の前に表示されたが、内容を見ると……。
スキル
なし
「スキルなしって、俺は今まで何の技能も会得してなかったってことですか?」
とてつもないショックを受けた。彼の今までの人生は全て無駄だったらしい。
「あ、すみません。それは向こうの世界で使えるスキルしか表示できないんです。ですからあなたがお持ちの<プラモデル作成Lv7>や<パソコン操作Lv8>などは表示されないですし、<速読Lv6>はまだ向こうの言語を覚えていないので使用できないわけです」
それなら、と納得できた。アウトドア系の趣味もなければ格闘技の心得もない。知識のみではスキルにならないのだろう。
「それでは記憶とそれに見合うスキルを転写させていただきます」
そう言うといつの間にか目の前に立っていた男が、祐一の眉間に人差し指を当てた。
いきなり大量の情報が頭に流れ込んできた。まるで本百冊とビデオ百本を同時に見せられているような感じだ。どう考えても理解できるはずはないのに、それぞれの内容がきっちり理解できている。
「記憶転写の間だけ、思考能力を上限まで引き上げています。もう少し待ってくださいね……はい、これで完了です」
その言葉と同時に情報の奔流がピタリと止まった。さっきまであったとてつもない思考力、理解力も無くなっている。どうやら普段通りに戻ったようだ。
「いかがです、特に違和感はないですか?」
気付かないうちに元のソファに戻っていた男から声をかけられた。
「ええ、まったく問題ありません。あれ?」
口の動きが普段と違う。普通に話しているつもりなのに外国語を話している。それに男の言葉も問題なく理解できたが日本語ではない。同時通訳されているような感じだ。
「いま会話に使っているのが転移先で使われているユール語です。転写直後ですのでユール語が優先使用される状態になっていますが、すぐ使い分けられるようになりますのでご安心ください」
無意識に日本語を使わないようにするのは確かに当然の措置だ。記憶のほうに考えをやってみると、師匠の顔や声、教えや普段の生活が思い浮かんでくる。日本での記憶のほうが遠く感じられるのが不安だが、そのほうが安全だろう。
「では、改めてスキルを見てください」
スキル
古代語魔術師 Lv2(古代語会話・読解、神代語読解)
ユール語会話・読解
速読Lv6
薬草採取Lv4
家事Lv5
料理Lv3
確かにスキルが増えている。さっき男が言ったように速読も入っているし、魔術だけでなく、記憶の中でやっていた家事や料理、薬草採取もスキルになっている。
「あ、レベルについてですが上限は10レベルですね。二段に分かれていますが、上が職業スキル、下が一般スキルになります。職業スキルにはカッコ内の技能が含まれる形になります。目安としては、1で少しかじった程度、3で一応名乗れるくらい、5で一人前、8で国で十指に入るくらい、10で世界に数人くらいです」
(うーん、このスキルとステータスの組み合わせだと、地道に薬草採取やハウスキーパー、料理人で暮らすのを別にすれば、見習い魔術師になるのかな)
彼が今後の方向性を考えていると、男があわてたように声をかけた。
「あ、まだ力を差し上げていないので、これは基本の状態と思ってください」
祐一の頭からはそのことが完全に抜け落ちていた。まあ、この特異な状況では仕方のないことだろう。
「差し上げる力ですが、わかりやすいようにポイント制にしています。このポイントはランダムになりますが、こちらのスロットで決めますので止めてみてください」
祐一の視界にめまぐるしく変化する数字が現れた。よく見てみると最少は一桁、最大は百らしい。彼の反射神経では狙った数字で止めることが出来るはずもないのであまり気にせず適当にとめてみると、出た数字は87。
「おお、かなり高いですね。平均が30になるように設定してあったんですが、これは運がいい」
「野垂れ死にしそうになる時点で運が悪い気がするんですが……」
「でも、これなら今後の人生がかなり楽になると思いますよ。まあ、それはおくとして、このポイントを使って自分を強化してみてください。決めるのに時間制限はありませんし、何ならポイントを残しておいて、転移してから使っても大丈夫ですよ」
実に親切だ。早速ポイントの検討に入ろうとすると、祐一の頭の中に得られるスキルやステータスの情報が浮かんできた。
ステータスを1上げるのに1ポイント必要で、上限は24。人間の限界らしい。限界を超えて上げるには特別なスキルが必要なようだ。今のポイントならすべて上限まで上げるのも可能だが、そんなもったいないことをする気はない。
一方スキルのほうは、レベルのあるものは1から2に上げるのに2ポイント、2から3に上げるのに3ポイントという風になり、新しいスキルを10レベルに上げるのには合計55ポイント必要になる。これも新しい職業、たとえば戦士などをいきなり最高レベルにすることもできるが、やはりもったいない上にかなり目立つことになる。
この他にレベルのないスキルが存在しており、魔眼などの特殊なものや有用なものもありそうだが、持っているのがばれた時点で目立つこと間違いなしだ。このころには祐一はあまり目立たないように地道に冒険していこうと決めていた。地道な冒険というのがすでに矛盾していることに気づいていなかったのだ。
「このポイントはありがたく使わせていただきます。ですが、決めるのにかなり時間がかかると思いますが、よろしいのですか?」
「ええ、そのあいだは他の世界を見ていますので、じっくり考えていただいて結構ですよ。では、いったん失礼しますね」
そう言った瞬間、すでに男の姿は消えていた。
「はぁ、やっぱり本物の神様なんだな。いや、それよりもポイントの使い道を決めないと。」
祐一はため息をつくと、ポイントの使用法を考え始めた。
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