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第六話 傭兵

 眠すぎて途中で推敲する事を諦めたので、多分その内テコ入れ入ります。

 ちゃんとやれよ! って思いますよね? 私も思います。と言う訳で……ゆっくりしていってね!

 雲一つない快晴。

 日差しは穏やかで包み込む様に柔らかな日差しが地上を照らしており、今の季節がソレイユである事を踏まえても、滅多にない絶好の気候。

 暑くもなく寒くもない。風が吹けば『肌寒い』ではなく『涼しい』と感じられる。

 昼がほど近い時間帯でありながら、休む事なく王都ローデンハルトへと向かう人力の荷車が一つ、ガタゴトと呑気な音とも思える音を響かせ進行している。


 荷車の上には、布で覆われた大きな物体が二つ。

 大きさはほぼ同じだが、布に覆われていない亀の甲羅の様な物が一つ。計三つの荷物が乗せられており、荷車に固定されるようにして縄で縛り付けられている。

 無論、布で覆われている物二つは、覆われていない物と中身は同じ物である。

 この辺りでは希少価値が高めで、高価で取引されている鉄ガメと呼ばれる魔獣の素材。

 布で覆われていない物の中からは、明らかにがしゃがしゃと賑やかな音が鳴っているが、荷車を引いている男も、その周りにいる女性二人も気にした様子はない。

 鉄ガメの素材は、多少乱暴に扱った所で傷などほぼ付かない事を知っているからこその態度だが、布で包むのは一種の心理的要因が原因である。

 高価だと既にわかっている物を態々乱雑に扱う者はおらず、傷付かないと分かってはいても、つい丁寧に扱ってしまう。

 それは普通の心理である。


 ガタゴトと木製の車輪と接地面である地表に存在する小石や砂が鳴らす音と共に、荷車を引いている男。

 日光を吸い込むような黒髪と、鋭く陽の光を反射しつつ、その光を宿す黒の瞳が印象深く残る旅人然とした衣装を着込んでいる。

 汗一つかく事なく、軽そうに荷車を引くコウキと言う男の表情には、特に不満も不平も存在しない。

 だからと言って荷車を引く事に喜んでいる節も見受けられない男は、女性二人の会話に応えつつもしっかりと足を動かす。

 しっかりと足を踏みしめ、荷車の持ち手に体重を預ける事なくしっかりと上体を起こし、力強く引く様は自然でありながらも頼りになる姿として映る事もあるかもしれない。

 荷車を押すコウキを両側から挟む様にして歩いている女性二人は、対照的とも言える印象だが、どちらも美しい容姿をしていると言う点は共通点と言える。


 コウキの右側を歩く女性は、にっこりと笑顔を浮かべ、時折むすっと膨れて見せ、そして最後には声を上げて笑ってみせる。

 明るく輝く金色の髪と同じく、雰囲気も明るい女性。

 空色の瞳でコウキを捉え続け、輝くような金色の髪を跳ねる様に躍らせ、感情の動きを横長の耳と表情でもって目一杯表現してみせる彼女、ミーシャは、正しく今の気候の様な穏やかでありつつも明るく美しい女性だ。

 黒のローブに覆われた肢体も男性の視線を釘付けにする要因であるが、露出は多い方ではない。

 明るく美しく、明け透けな色香を感じさせない爽やかな印象の女性として捉えられるだろう。


 ミーシャとは逆隣、つまりコウキの左側を歩く女性は、ミーシャの様に明るく穏やかな魅力はないが、月の下で静かに輝く様な魅力がある女性。

 切れ長の金色の猫目は感情の大きな動きが少なく、それによる表情の動きも密やかなものが多い。

 うっすらと浮かべる笑み、不機嫌さを精一杯に表す形の整った眉。

 青い肌を持った長い耳は、ミーシャの様に動き回る事はないが、それでもその時々の感情に合わせてぴくぴくと動く。

 同時に彼女が持っている大きな黒い翼も、耳と同様に震えるようにして動く事がある。

 彼女の感情を読み取るのに一番見なければならないのは、耳と翼なのかもしれない。

 静かな印象がありつつも、ミーシャ以上に豊かな胸元を主張するシャツに、丈の極短い短パン、そして灰色のロングコートをゆらりと揺らす彼女は、妖しい色香を無意識のままに撒き散らしている。

 青い肌を惜しげもなく晒し、小さな臍や妖しくくびれを見せつける腰周りなど、異性の劣情を煽るには十分な物だ。


 そんな魅力溢れつつも、印象の違う美女に挟まれるコウキの表情に特に変わった事はなく、村を出て一夜明けたと言うのに、その視線は女性達ではなく物珍しそうに辺りの景色へと向けられている。

 言葉を紡ぐ声にも、高揚感や緊張等は全く感じられず、平坦でありながらも感情の起伏は感じ取れる程度の声。とは言っても女性二人もその事実に気にした様子はない。

 田舎から出てきた事が丸分かりとさえ言えるコウキの様子に、笑顔を浮かべ、苦笑を浮かべ、ただ自然に会話をするだけ。


 そんな彼らのもっぱらの話題は、現在荷台に積んである荷物について、つまり討伐した鉄ガメの素材についてだ。


「ね、ね、コー。あれ、どうするの?」


 にひっと笑みを浮かべて後ろ手に手を組み、こつこつとブーツから軽い早足の音を立て、コウキより僅かに前進したミーシャが横からコウキの顔を覗き込む。

 空色の瞳が少し下から上目遣いの要領で見上げてくる絵は、男としてグッとくる物ではあるが、その瞳の中には色っぽい要素など何もなく、あるのは高級素材をどう使うかと言う興味だけ。

 人力で荷車を引くコウキを空色の瞳で見上げつつも、その意識はコウキの後ろに存在する素材へと向けられており、当然それが理解出来ているコウキの表情にも色っぽい要素など欠片も存在しない。

 腰に釣られているカタナと戦闘用ブーツが鳴らす金属音と重い足音を一定のリズムから崩す事なく、既に頭の中にある素材の使い道についてつらつらと言葉を並べ立てるだけだ。


「取り敢えずカタナ一本やっちまったし、この機会に二本新しく打ってもらう。後手甲だな……」


 多く取れる金属塊をメインにして使用を考えているのか、他の素材に関しては話に出てこない。

 鋭い黒の瞳がぼんやりと宙へ投げられ、新たなカタナを想像しているのか、コウキにしては珍しく瞳に力が入っていない。


 ミーシャとは逆隣を歩くルクセリアも、昨日の夜に色々とコウキに聞いていた為、コウキと言う存在に多大な関心を寄せており、彼女が興味を惹かれたのはその素材の使い道。

 勿論、コウキが考えている使用案がおかしいと言う訳ではない。

 鉄ガメの牙は確かにいい素材ではあるが、カタナを作れるほど量が取れる訳ではない。

 皮や甲羅にしても、それで防具を作るには少し量が心許ない。

 コウキの理想はルクセリアが着ている様なローブが理想らしく、それを考えるならば鉄ガメの皮は、使用する素材の質としては問題ないものの、量がやはり足りない。

 最初から盾を持つ気がなさそうなコウキからすれば、甲羅は売却確実の素材として見られている。

 結果として主に私用で使う素材は金属塊となるわけだが、その使い道を既に決めているらしいコウキの言葉にルクセリアが掛ける言葉は、やはり静かで冷静な言葉。


「使い道が決まってるのは結構だけど、武器を作ってもらうお店は決まってるの?」

「いや? そこはアンタに頼るつもりだ」


 切れ長の金眼を流す様にコウキへと向けるルクセリアの言葉に、コウキは横目でルクセリアを捉えつつ、うっすらと笑みを浮かべ、恥ずかしげもなくルクセリアに頼ると言い切る。


 灰色のコートの裾をゆらりと揺らして、靴底が平たいブーツの踵を静かに、だが優雅に鳴らす彼女の姿は正しく『出来る女性』と言う印象。

 そして、その印象を裏切る事がないのがルクセリアと言う女性である。

 左腰に下げられた片手のソードを揺らし、胸の下で腕を組んでコウキへと向けてため息を漏らすルクセリアは、傭兵ギルドのある所ならば何処でも有名な女性である。

 その事実をコウキは知らないが、それでもただの傭兵だと言い切るには、ルクセリアと言う女性は雰囲気がありすぎた。

 一見防御力などなさそうな服装、手や背中には盾等なく、軽装と言う他ない格好でありながらも確かな自信を感じさせる足取りと表情、立ち振る舞い。

 冷静さを欠く事など殆どない思考。しかし、他の傭兵達を顧みない程に冷たくもなければ、余裕がない訳でもない。

 そんな彼女の瑞々しい唇から呆れた様な声が出てくるも、それはコウキの提案を却下するものではない。


「まぁいいわよ……一応知り合いがいるから、当たってみるわ」

「助かる」

「ちょっとコー? 何で私には頼らないのよ? 私も一応王都じゃあ地位も権力もあるのよ?」


 打てば響く、阿吽の呼吸とまではいかないまでも、昨日初めて会ったとは思えない程に相性が良さそうなやり取りを軽快にこなしていくコウキとルクセリアに対して不満そうな声を上げるのは誰であろう、ミーシャである。

 怒っている……とまではいかないまでも、きめ細かく白い肌を持った柔らかそうな頬を不満そうにぷっくりと膨らませ、横長の耳をぶんぶんと上下に動かしているミーシャ。

 空色の瞳をジトッと半眼にし、背後に手を組んだままの状態でコウキを見据えている。

 隣から送られてくる空色の半眼に対し、コウキは慌てるでも弁解するでもなく、ただこれみよがしに呆れたと言う感情を込めたため息を吐いてみせる。


 ミーシャは確かに天才であり、感覚で大抵の事はこなせてしまう。

 だからこそ、コウキがミーシャに頼らず、ルクセリアを頼った理由には気が付く事がない。

 感覚で大抵の事はこなせてしまう分、細かい事を思考しない癖がミーシャには存在する。

 そして、それがあるからこそミーシャは天才と言われながらも、所属して三年経つと言うのに『魔法騎士団の一員』と言う地位から動く事はないのだ。

 決して頭が悪いわけではないが、楽天的で自らが動く事によって及ぼす影響と言う物を軽視している部分がある。

 要は、まだトトリ村で村娘だった頃の感覚が抜けきっていないと言えばいい。

 統率力や規律が強く求められる魔法騎士団と言う組織の中では、必ずしも実力が全てと言う訳ではない。

 自らの地位や権力が及ぼす発言力や、それに伴う行動の責任を含めて考える事も重要な要素だ。

 それがまだ伴っていないミーシャは、一人の団員として扱う方が有益な働きをしてくれる。

 無駄に色々と細かい事を考えないからこそ兵士なのであって、逆に言えばそれが出来ないからこそ、これから先そう言った面が出てこなければ、ミーシャに出世の道はないとも言える。


 不満そうに頬を膨らまし、コウキの隣を歩くミーシャへ向けて、表情全体で呆れたと表しているコウキの口が紡ぎ出すのは、やはり表情に違わず呆れたような声。


「地位も権力もあるからお前に頼まねーんだろうが……」

「何でよ、私に頼んだ方が楽だと思うけど?」


 呆れたままきっぱりと言い切るコウキに、不満そうだった頬は膨らみを萎ませ、次に出てきたのは本当に不思議そうな表情。

 空色の瞳が少し見開かれ、コウキを捉える。

 逆隣に居るルクセリアが何も理解出来ていないミーシャの様子に、くすくすと小さく、そして静かに笑い声を上げている。

 呆れたと言う感情は感じ取れず、何処か微笑ましいものを見た時に上げるような小さな笑い声だ。

 口元に手を当てて小さくくすくすと笑うルクセリアに、馬鹿にしたような雰囲気はなく、正しく令嬢の様な気品さえ感じる。

 旅に適した簡素な服装ではなく、貴族が着るようなドレスや礼装だったならば、確かに気品を感じる高嶺の花と言ってもおかしくない程の雰囲気と美しさがある。


「大体お前、王都の店の中で何処がカタナを打ってもらえる場所か分かんのか?」

「それはー……ほら、色んな人に聞けばいいじゃない?」

「で、色んな人に聞き回った挙句に、騎士団御用達の店になろうと『一応』カタナが打てるだけの店が名乗りを上げて、腕が確かかもわからない店にカタナを打ってもらうのか?」

「あー、いやでも、私下っ端だし、そんな人が探してるって言ってもそんな大事には……」


 段々と言い負かされている事に気がついているのか、ミーシャの言葉尻が小さくなっていくのと同時に、肩も小さく狭められ、後ろで組まれていた手も前で組まれる。

 組み合わされるように組まれた手が、豊かな胸の下でぎゅむぎゅむと左右の手を揉み合う様にこね回されているのがその表れ。


 それでも一応の反論は言って見せるミーシャに対し、コウキは荷車を引いている両手を片手に持ち替え、態々自由になった左手で目元を覆い、ミーシャの瞳が広がっているような空を仰いで見せる。

 勿論、歩みは止める事はなく、砂利や雑草が敷き詰められた街道をゆったりと歩いている。


「お前はもう少し自分の立場と肩書きを理解した方がいい」

「ふふふっ、そうね、その通りだわ」


 呆れた様に紡ぐコウキの言葉に異論はないのか、口元に手を当てて、ふふっと笑ってみせるルクセリアもコウキの意見を肯定してみせる。


 二人から責められる形になったミーシャは、ぐむぅ……と口を噤んでみせるが、不満そうに歪められた眉を見るに、押されている事は理解出来るが、それが何故なのか正しく理解出来ていないらしい。

 遠目に王都の城壁が僅かに見える所まで歩みを進めている現状、詳しく説明している暇はない。


「いいか? お前が自分でどう思ってるかは知らんが、周りから見れば、エルフ族でローデンハルトの魔法騎士団入団を許された最年少のエルフ。つまりこれから将来を期待されてる天才として注目を集めてんだよ」

「えー……まずそこから間違ってると思うわよ。私、コウキに負けたし」

「お前がどう思ってるかなんざ聞いてねーっつってんだろ。つまり、天才ないし期待の新人がお前なわけ。そんな奴に名前を覚えてもらってみろ、先行投資としちゃあ十分だろうが」


 ミーシャの挟んでくる言葉をすっぱりと叩き斬り、口を挟ませないような勢いで説明を並べるコウキだが、実際彼の言っている可能性は非常に高いものだ。

 それを切欠に、魔法騎士団期待の新人お抱えの武器屋ともなれば、そこから騎士団へのパイプを構築する事も可能。

 故に、ミーシャがカタナを打てる武器屋を探していると言えば、王都に存在する多くの武器屋が名乗りを上げる。

 その中で確かな腕を持った鍛冶師が何人いるか、それを見つけられるのか、と言う話だ。

 そして、腕を持っているかを見抜けなかった場合、割を食うのはコウキであり、将来的には騎士団全体にすら悪影響が及ぶ可能性も存在する。


 コウキの淡々として言い聞かせるような説明に、ミーシャはほうけた様にコウキに空色の瞳を向け、ルクセリアは胸の下で腕を組み、瞳を軽く伏せたままコウキの言葉に幾つか小さく頷く。

 無論、そこで言葉を切るコウキではなく、彼の薄い男性的な唇は滑らかに言葉を発してみせる。


「お前、自分の武器を自分で決めた武器屋に持って行って整備してもらってるのか?」

「んー、騎士団に整備申請を出せば整備されて帰ってくるから……ないわね」

「だろ? その点こいつは傭兵だ。つまり、武器の整備は自分でするか、自分が認めた店を知ってる筈。それにいくら有名な傭兵だったり、確かな地位を持っていたとしても、家から離れ、集団行動と規律を重んじる様な組織に属していない以上所詮個人の話で終わる」

「まぁ、そういう事ね」


 人族で言う所の貴族と同様の地位がある家出身のルクセリアは、当然ながら高度な教育を受けており、その事実は彼女の地位を聞けば明らか。

 その彼女がコウキの話に口を挟む事なく、少しばかり呆れた様な表情でコウキを見つつも、静かに同意してみせた。

 つまりそれは、コウキの言っている事が的外れではなく、現実として起こりうる可能性が高い話だと言う事。


 村に今までずっと住んでおり、外の世界の情報には疎いコウキならばまだしも、ミーシャは魔法騎士団に所属しており、それなりの耳を持っている。

 ルクセリアと言う女性の実家がどれほどの地位であり、この世界でもその事実を知らない者が殆どいない事をミーシャは正確に把握している。

 高度な教育を受けているルクセリアが頭の中で思い浮かべた可能性と、今コウキが語った可能性に殆ど差異がないと言う現実に、ミーシャはだらしなくポッカリと口を開けて、コウキを大きく見開いた空色の瞳で捉える。

 しっかりとブーツの靴底を地面へと着けて歩く足取りに危なげな所はないが、それでも何処か信じられないモノを見る表情でコウキを見ているミーシャは、心ここにあらずと言うか、明らかにほうけていた。


「こ、コーってもしかして……凄く頭いい?」

「はぁ? お前が自分の影響力を理解してなさすぎるだけだろ」

「んー、贔屓目無しに客観的に言うなら、多分どっちもね」


 呆然としたような驚いたような、そんな表情でコウキを見るミーシャと、呑気なミーシャにため息をつくコウキ。

 そんな二人を見ていて、苦笑と共にどちらの要因も確かに存在すると言うルクセリア。

 自らの持っている魔法騎士団期待の新人という肩書きの影響力を正確に把握出来ていないと言う要因も確かに存在し、高度な教育を受けていないと言うのに自らの視点を自由に変え、その視点からの考えを投影出来るコウキの頭がいいと言うのも確かな要因である。


 賑やか、とはいかないまでも途切れる事なく会話をしつつ、歩を進めている三人の視界に、ようやく王都の正門が見えてくる。

 城下町を囲む様にして広がる高い城壁に、正門は重厚で巨大な金属製の門がそびえ立っているのが遠目にも理解出来る。

 巨大で重厚な門は、現在開け放たれながらも、王都へ入る手続き待ちの人々が列を成している。

 馬に乗った者、荷を乗せた馬車、コウキ達と同じ様に荷車を人力で引く者。

 様々な人物が手続き待ちで並んでいる。

 手続き自体は簡単な物で、自らの身分と出身が明らかになる物を提示すればそれで終わり。

 身分を証明できる物がない場合は、所持している金品を預け、名を控えられる。

 その後身分を証明出来る物を調達し、その日の内に提示しなければならない。

 身分を証明出来る物を提示すれば、預けていた金品は勿論返ってくる。


 ゴロゴロ、ガタガタと列の最後尾へと荷車をつけたコウキ達は、一息入れる様に格好を崩す。

 荷車の持ち手を地に置き、両手を組み合わせてぐっと伸びをするコウキに、荷台に乗せられた素材を少し口惜しそうに見るミーシャ。

 明らかに視線を集めているにも拘わらず、胸の下で腕を組み、静かに列の先を見据えるルクセリア。

 列の最後尾とは言え、その様子は付近にいる者ならば目が付き、尚且つ傭兵や商人もその中には存在する。

 その様な人物たちから、嫌と言う程視線を集めているのだが、それを気にする者は、残念ながら三人の中にはいなかった。


「魔法騎士団、の人だよな……あの美人」

「って言うか、その逆隣もしかしてルクセリア様……か?」

「どうでもいいけど二人共すんごい美人」

「真ん中の男誰だ?」

「知らないわよ……でも一緒にいる人が有名人だし……何処かで有名な傭兵の人、とか?」


 視線だけでは飽き足らず、小声で飛び交い始めた言葉にも特に動じた様子はない三人だが、ミーシャはにんまりと笑みを浮かべてコウキを空色の瞳で見上げる。

 横長の耳を嬉しそうにぴこぴこと揺らし、コウキの少し下から空色の瞳を向けてくるミーシャの様子に、コウキはあからさまなため息を吐いてみせる。


「私、有名人でしょ~」

「有名なのは騎士団の方だろ……それなら名指しのルクセリアの方が知名度は上っぽいけどな」

「あら、私? そんな大したものじゃないわよ」

「この人と私を比べないでよ、実績も家柄も段違いなのよ? 世界で知らない人殆どいないのよ?」


 仕方がないと言わんばかりの苦笑を浮かべ、金色の瞳をコウキに向けたまま、組んだ右手を起こしぱたぱたと軽く振ってみせるルクセリア。

 しかし、大した事がないと言い切るルクセリアに対して、疲れた様にため息を吐き出すミーシャの方が、この場合正しい意見のように聞こえる。

 ミーシャの意見の正しさを証明する様に、ルクセリアの名前が出た途端に、コウキ達に集中する視線と交わされる言葉の量が増す。

 そして瞬く間にルクセリアの名前が列の前方まで伝染し、大きな歓声が上がっている。


 そこまで来てようやく、軽く腕を組んで鋭い瞳でルクセリアを見据えるコウキが、うっすらと笑みを浮かべて、ほぉ……と感嘆の声を上げる。


「アンタ、かなり有名だったんだな」

「そうでもないわ、私が個人で動く傭兵だからよ。騎士団やら魔法部隊なんかに属してる人物を含めれば、私より強い人物なんてゴロゴロいるわよ」


 勿論、傭兵の中にもね? と小さく口を動かすルクセリアの金色の瞳は、何かを思い出すような色を浮かべ、ぼんやりと城壁の向こう側に存在する城付近をゆらゆらと彷徨っていた。

 鋭い黒の瞳を、何処かここではない何時かを見ている様なルクセリアに向けるが、特にそれに対して言う事はないのか、コウキは静かにフッと短く吐息を漏らす。

 ため息でもなければ誰かに向けた意思表示でもない。ただ自ら踏み込む事のない意志を、自分自身に自覚させるだけの短い吐息。

 何処かしんみりとした、少しの後悔を宿したような雰囲気を纏うルクセリアとは違い、ミーシャは、ん~……と背伸びで列の先を見極める様に視線を前へと向けている。

 コウキもそれに習い、長蛇にしては比較的進みの早い行列へと瞳を向け、地面へと置いていた荷車の取っ手を握る。

 力が加わった事により、ぎっと木が軋む音に加えて、載せている素材ががちゃがちゃと音を立てる。

 人の声ではない無機質な音に、我を取り戻したのか、ルクセリアはコウキとミーシャへと金色の瞳を向け、それを静かに見返してくる鋭い黒の瞳へ向けて、曖昧な笑顔を浮かべて見せる。


「この列いつも長いけど、案外すんなり進むのよね~」

「まぁ、手続き自体はすぐに済むって言うのが大きいわね」


 ミーシャの声に、ルクセリアの同意が重なる。

 その言葉は確かな事実であり、長蛇の列にも拘わらず、コウキが荷車の取っ手を持ち上げた途端に、ゴロゴロとゆっくりではあるものの、休憩を挟む事なく進む。

 穏やかな気候に、間延びした様な鳥の声が時折響き渡る。

 王都が目の前にあると言うのに、長閑な雰囲気なのは、未だコウキ達が王都の中へ入っていないからであり、中へ入ってしまえば様々な人種が行き交う活気溢れた城下町が存在する。


「王都に入ったらまずどうすっかな……」

「取り敢えず貴方の傭兵登録が先決じゃないかしら」

「身分証明するもの持ってたり……しないわよねぇ」

「昨日まで村人その一だったからな、あるわけがない」


 身分証明を証明できる物があるか、と言葉を紡ぐミーシャだが、自分自身でその可能性を否定する。

 コウキもコウキで、ミーシャの言葉に小さく頷き、身分証明物など存在しないと言い切る。


 そう言っている内にも、荷車はゴロゴロと車輪を転がし、コウキ達を列の前方へと誘っていく。

 コウキ達の順番が回ってくるまで、もういくらもない。


「取り敢えず門に居る憲兵に、装備とお金を預ける事になるわね。傭兵登録が済めば記録板が貰えるから、それを見せれば後で全部返してもらえるわ」

「んじゃま、取り敢えず傭兵ギルドか」


 ルクセリアの淡々とした静かな説明に、コウキはいくつか頷き行動指針を決定。

 りょ~かい! したわよ! とにっこり笑みを浮かべて見せるミーシャは、もしかしなくとも着いてくると言う選択肢しかない。

 コウキがようやく傭兵になる瞬間を見たいと言うのが大きいのかもしれない。

 それを察しているのか、ミーシャの様子を見ても、コウキは何も言わず荷車を引くだけ。


 行動指針を決めたコウキは、黙々と荷車を引き、ミーシャは後ろ手に両手を組み合わせつつ、ゆったりとコウキの歩調に合わせて歩く。

 二人の歩調に合わせて歩くルクセリアは、金色の瞳をチラリとコウキへと向け、その瞳には何かを思案する様な、若しくは何かを探っているような色を浮かべている。

 ちらり、ちらりと何度か視線をコウキへ向けるも、その答えは出ないのか、結局金色の瞳は最後に正面へと向かい、そしてまた時間が経つと、ちらりちらりとコウキへと向いている。


 その間にもどんどんと列は進み、門前に立つ憲兵から、静かにそして平坦な声で、次っと声が掛かる。


「身分証明が可能な物を提示……してててててててっ!?」

「ご苦労様~」


 ごろりごろりと荷車を引き、憲兵の前に立ったコウキ達。

 鉄色に光る簡素な鎧と兜に身を包んだ男性が声を掛けると同時に、憲兵の前に立つコウキ達を見た瞬間、どこか壊れてしまったかの様に声を漏らす憲兵。

 明らかに焦ったような憲兵の男に、ミーシャはひらひらと手を振りながら軽く声を掛ける。

 鋭い黒の瞳でミーシャを横目に見たコウキは、明らかに面倒臭そうなため息を一つ吐いてみせる。


「み、ミーシャ様!? そ、それと……る、ルクセリア様まで!?」

「ご苦労様。はい、これ記録板よ」

「私はこのブローチでいいわよね?」

「け、結構です……こ、こちらの者は……」


 軽く声を掛けるミーシャとは違い、ルクセリアは静かにコートのポケットから記録板と呼ばれる黒い板を提示。

 手に中に収まる大きさで長方形の黒い板には、ぼんやりと紫色に光る文字が浮かび上がっている。

 名前、出身、年齢、種族、職業が書かれた黒い板は、金属と呼ぶには光沢がなく、光をわずかに透過しているように見受けられる。

 その事実からわかるのは、記録板と呼ばれる物が魔法道具と同じ括りの物であると言う事実。

 そして、傭兵だけが持つ事の出来る記録板を提示したルクセリアは、問題なく身分が証明されている。


 ミーシャは何も提示していないが、ローブの合わせ目で銀色に光るブローチさえあれば何の問題もない。

 ローデンハルトの紋章が刻まれた銀色のブローチは、この国での精鋭部隊であり、唯一の戦闘部隊。魔法騎士団に所属する者の証明であり、王都に入るにあたっての身分証明にはこれ以上のものはない。

 それに何より、ローデンハルトに住まう者で、ミーシャを知らない者は居ないと言っていい。


「俺はあれだ、村から出てきたばっかでな、身分を証明出来るもんがねぇんだ」

「ただの村人……? いや、しかし……」

「取り敢えず手続きしてあげて?」


 恥ずかしげもなく堂々と田舎者だと言い張るコウキに、憲兵は困惑した雰囲気を見せるが、ルクセリアの苦笑と共に紡がれた言葉に、ハッと短く答える。

 門付近に存在する詰所へ向けて、男が何度か手を振ると、詰所からもう一人憲兵が出てくる。

 手に持たれているのは、あまり質がいいとは言えない紙を一枚と炭岩と言う鉱石を加工した道具。

 細長い形のそれは、手の中に収まる大きさでありながらも、何か文字を書く際に用いられる道具として重宝されている。

 無論、もっと位の高い身分である貴族などは羽ペンなどの上質なものを持っているが、然程重要でもない書類等に文字を書く際は炭筆と呼ばれるこの道具を使うのが一般的。


「じゃあ、名前は?」

「コウキだ」

「おい」

「はいよ、コウキ……っと」


 出来るだけミーシャとルクセリアを視界に入れない様に、コウキを見据えて名前を聞く憲兵。

 素直に名前を言ったコウキの名を、近くまで走り寄ってきた憲兵が質のあまりよくない端がボロボロの紙に書き記す。

 そして、コウキの前に出されたのは大きな籠のような入れ物。


「ここに武器を入れてくれ」

「これもか?」


 端的に物事を伝える憲兵に対して、荷車の取っ手を地面へと置いたコウキは、自らの両手を掲げてみせる。

 鈍く鋼色に輝く手甲を見据え、憲兵の男は静かに頷く。


「それもだな」

「あいよ」


 ベルトから二本のカタナを外し、籠の中へと投下。

 その際、破損したカタナの鞘から、ぽろりと柄が外れるが、コウキは特に気にした様子もなく手甲を固定している紐を解きに掛かる。

 憲兵の男達は、鞘からぽろりと外れた柄を首を傾げて不思議そうに見据え、ミーシャとルクセリアは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 それもそうだ。武器だと思われていたものが、片方は刀身が根元から存在しないのだから。

 憲兵が不思議そうな表情をするのも仕方のない事だろう。


 今まで何度も何度も付けて外してを繰り返してきたコウキにとって、手甲を外す事など然程時間も掛からない上に、手元を見ずとも問題はない。

 手甲を固定している紐を解きつつも、コウキの鋭い黒の瞳は、興味深そうに門の奥に存在する城下町や、それを囲う様に広がっている城壁へと向けられている。

 均一の大きさ、そして同じ形の石が規則正しく積まれている城壁は、それだけで美しく壮大な建造物であり、同時に城や城下町を守る防壁だ。

 田舎の村にいては絶対に目に掛かれない壮大な建造物が、今コウキの目の前にある。

 辺りを見渡すなと言う方が無理な相談である。


 王都の北方から流れ込む緩やかな川の水を取り込み、城壁の周りを堀を水が満たす立ち姿に、円状にそびえ立つ城壁。

 涼やかさを感じさせる水の堀に掛けられたただ一つの跳ね橋を渡れば、城壁と同じ様な素材で建てられた家や店が立ち並ぶ城下町が存在する。

 正しく王都の名に恥じない雰囲気があり、様々な人種が行き交う活気ある街道を道なりにまっすぐ進めば、巨大で荘厳な姿でそびえ立つローデンハルト城が、威厳と統治の象徴としてそびえ立っている。


 手甲を外し終わり、籠の中に軽く投げ入れるコウキの視線は、投げ入れられた手甲の重さにわたわたとバランスを崩しそうになっている憲兵ではなく、門の奥にある城下町を更に通り過ぎて、そのまた奥に見えている城へと注がれている。

 鋭い黒の瞳が捉えているのは、城なのか、それとも城の奥に住まう存在なのか……。


「ぬごごごっ! お、重たっ!」

「大袈裟だろ」

「他人事だから言えんだよ! カタナまで入ってるんだぞ! 後この手甲すんごい重い! お前も同じ事されてみろ!」

「そうだな……遠慮する」


 コウキの目の前で憲兵二人が何やら馬鹿なやり取りをしているが、結局ルクセリアとミーシャの前でちょっとした醜態を晒したのが羞恥をくすぐったのかもしれない。

 王都の佇まいに瞳を奪われるコウキを、ミーシャは嬉しそうににこにこと笑みを浮かべながら見詰め、ルクセリアは横目でコウキの様子を見ながらも、小さく笑みを浮かべると、コウキと同じ物を見る。


「ここが貴方の始まりだけど、きっと貴方はこれからもっと多くの物を見るわね。きっと世界の広さを自分で確かめられる人になるわ」


 静かに、そして淡々とルクセリアの小さな口から滑ってくる言葉は、しかして確かな確信を持ってコウキの耳に届く。

 にやりと笑みを浮かべて、王都を見据えるコウキも、ルクセリアの方を見ないままそれに応えてみせる。


「その為に、俺はここに来た。世界を歩ける存在になってやるさ」


 鋭い黒の瞳にしっかりと捉えている城へと腕を伸ばし、小さく見える城を掌で覆う。

 城を覆い隠すように広げられた手の甲を返し、見えた掌の向こうに存在する城を見据えたまま、ぐっと掌を握り込む。

 決意と自信を閉じ込めた拳が、笑みを浮かべたコウキの前に掲げられていた。




 手続きも終わり、現在武器もなく所持金も傭兵登録料しかなくなったコウキと、ほぼ顔だけで通してもらえると言ってもいいミーシャとルクセリアは、巨大な門を潜って城下町へと足を踏み入れている。

 スオウに存在すると言う石畳の道……と言うには些か形が整っている石が隙間なく敷かれている表道。なだらかにいくつか曲線を描きつつもその道の先には城が存在する。

 枝分かれした路地が幾つも存在し、城壁と同じ様な作りではあるが、その使用目的が違う建造物が所狭しと立ち並んでおり、それらが作り出す路地は、網目と言ってもいい程に城下町に広がっている。

 そして大きな道はここだけでなく、路地を抜けた先にも幾つか存在しており、やはりその道の先には城がある。

 大きな道の両側には、どの道にも例外なく露店や店舗を持つ店が立ち並ぶ。

 酒場、宿屋、装飾品露店、食事処、武具店、武器店、防具店、道具屋などなど、店の種類は多岐に渡るが、そのどれもに共通するのは表通りの大きな道にある店は何処も活気があるという点だ。

 様々な人や様々な人種が行き交い、それぞれがそれぞれの目的の為に店と言う店に足を運び、そして去っていく。

 少しばかり呆然とした様子でその光景を見るコウキにとって、正しくそこは初めて見る世界だった。


 荷車の取っ手を持ちつつも、その光景に圧倒されているようなコウキの隣からミーシャが、とててっと飛び出し、パッと輝く笑顔を浮かべて空色の瞳をコウキへと向ける。

 それに続くようにして、ルクセリアもゆったりとした歩調で、石の床をブーツの踵でもって鳴らす音と共に、少しコウキの前へと出る。

 コウキへと半身だけ振り返ったルクセリアの表情は、金色の瞳を少しだけ歪ませ、うっすらと笑みを浮かべていた。


「ようこそ、コー。王都ローデンハルトへ!」

「貴方の始まりの地になるんだし、しっかりと目に焼き付けておくのよ?」


 コウキの視線の先には、行き交う人波の前に立ち、ふわりと広がる金色の髪と静かに揺れる深い青の髪。

 印象は違うが、それぞれがコウキのこれからへ言葉を紡ぐ。

 透き通るのではないかと言う程に白く美しい肌を持つミーシャの横長に伸びた耳が、ぴくぴくと嬉しそうに揺れ動き、妖しくも艶やかであり、確かなハリを感じさせる青い肌を持つ横長に尖ったルクセリアの耳も僅かに動きを見せる。

 灰色のコートの裾が揺れ、黒のローブが緩やかな風にはためく。

 ルクセリアの黒い大きな羽がコウキを歓迎する様にばさりと一度羽ばたき、その音で我に返ったようなコウキの鋭い瞳は、確かにミーシャとルクセリアを捉える。


 ようやく今の現状を把握したコウキの顔に、薄らとした笑みが浮かび上がり、握っている荷車の取っ手を、ぐっと握り締める様にして力が入る。

 少しばかり木が軋むような音がコウキの手の中から上がるが、それに気を配れる程にコウキの精神状態は冷静ではなく、自らのこれからに言い表せない程の高揚感を感じている様子が、外から見ても手に取る様にわかる。

 珍しく外から見て感情が透けているコウキの姿に、ミーシャのにっこりとした笑顔は、徐々にほんにゃりとふやけた様な笑顔へと変わり、ルクセリアは意外なものを見た様に金色の瞳を見開く。

 しかし、外から見てもその高揚感が感じ取れるにも拘わらず、コウキの薄い唇から紡がれる言葉は、淡々としたいつもの様にふらりと何処か別の事を考えているような、そんな声。


「……よし、行くか」

「え? もういいの?」

「十分だ。大体荷車と素材携えたまま往来でつっ立ったままっつーのもよくねぇだろ」


 自らが両手で持つ荷車の取っ手を持ち上げて見せると同時に、鋭い黒の瞳を辺りへと配る。

 ん~……とそれにミーシャの空色の瞳が続き、ルクセリアは小さく苦笑し、コツッとブーツの踵を軽く鳴らす。

 チラチラと辺りへ視線を配るミーシャは、道のど真ん中、しかも門の近くで大きな荷物を持って立っているだけのコウキ達に視線が集中している事を認識する。


「そっか、それもそうよね……じゃー行きましょー」

「ギルドってどんな感じだ?」

「そうね……簡素な役所、って感じかしら」

「私はあんまり知らないのよねー、行く機会全然ないし」

「そりゃお前はそうだろうよ……」


 軽いブーツの音が二つ、重いブーツの音が一つ、そして荷車の車輪がガラゴロとお供する三人は、門から傭兵ギルドへと足を動かす。


 傭兵ギルドとは世界に存在する全大陸に存在する傭兵への依頼仲介組織のようなものであり、傭兵の仕事探し、街の住民達や移動商人のキャラバンなどの依頼受付等の窓口のようなものである。

 何でも屋と言ってもいい傭兵にとって、仕事を貰えるか否かと言うのは、信用が何においても第一。

 一に信用、二に実績だ。

 個人が個人に依頼を出す場合、その時点では依頼人から傭兵に対しての信用など無いに等しい。

 その傭兵がどの様な実績を上げ、どの程度の人からどれくらい信用されているかもわからない。

 ましてや初対面であった場合、依頼人が初対面の傭兵に依頼する事などまずありえない。

 それを解決するのが傭兵ギルドだ。

 最初は傭兵ギルドも小さな組合から始まり、そして今ではその存在は全大陸……いや、この世界にとってなくてはならないものとなっている。

 傭兵ギルドが世界にとって必要と言う事ならば、住民が信用しているのは傭兵個人ではなく、傭兵ギルドと言う組織という事になる。

 つまり、傭兵がギルドに登録する事でしかなれない職業となった今、そして世界にとって信用に値する組織となった今、住民やただの旅人、キャラバン等が傭兵ギルドへ依頼を出すのに躊躇はなくなる。

 そして、傭兵にとっても仕事がなくなる。と言う事態を防ぐ事が出来る。

 ギルドの収入は大まかには傭兵の登録料、傭兵が持ってきた魔獣やモンスター等の素材、依頼の報酬中の何割かで賄われている。

 傭兵はギルドからの仕事で食いっぱぐれない。住民は悩みや依頼が解決されて満足を得る。ギルドは仲介料などから収入を得る。

 持ちつ持たれつと言う訳である。


 ガラゴロと比較的大きな音を立てて歩いていても、道行く人々の波が作り出す多くの足音や、話し声物音等の喧騒がそれを容易く掻き消すが、ルクセリアの説明は、間違いなくコウキとミーシャの耳に届いており、幾つか頷くコウキと、ほほぉ~……と感心した様子のミーシャがルクセリアの視界の中にいた。


「……と言う訳ね」

「なるほどな」

「まぁ、後の詳しい説明は職員とか受付の人が説明してくれるから、とりあえずはここまでね?」

「へぇ~……ギルドって必要なのねぇ……」


 ギルドへと向かう道すがら、ギルドの必要性や、ギルドが存在する理由など、傭兵ギルドと言う組織の概要について説明していたルクセリア。

 歩きながら説明するルクセリアに、今初めて知ったと言わんばかりに驚いた表情を浮かべたミーシャの見開いた空色の瞳が関心の色と共に向けられる。

 コウキを挟んで逆隣を覗き込むようにして上体を折ってルクセリアを見るミーシャに対して反応したのはルクセリアではなく、呆れた様にため息を吐いたコウキだった。


「何で住んでる所にある組織なのに知らねぇんだ……」

「だ、だってあんまり縁がなかったのよ? 仕方ないじゃない!」

「万が一の時は臨時の戦力になる組織だぞ……魔法騎士団の団員としてちゃんと把握してろへっぽこエルフめ」

「エルフバカにしたわね!?」

「誰がエルフ全体馬鹿にしたよ、グランエンさんとサーシャさんは間違いなく尊敬に値するエルフだ」

「私限定の差別!? 許せないわ!」

「思慮深さがたりねーんだよ……他のエルフ族見てみろ、お淑やかと言う言葉が似合う人達ばかりだな? ん?」


 荷車をガラゴロと引きつつも、態々指差し確認までしてミーシャに呆れた視線……と言うより完全に見下した視線を向けるコウキに、言うまでもなくミーシャが噛み付く。


「わ、私だってお淑やかですぅ~! 清楚極まってますぅ~!」

「はて? スオウから流れてきた言葉はちょっと理解出来んな? 俺、ローデンハルトの人間だし」

「両親スオウ出身でしょ!?」


 コウキが躱し、ミーシャが噛み付く。

 無論、本気で喧嘩しているわけではなく、彼らにとってじゃれ合いの様なものだ。

 その事は誰から見ても一目瞭然であり、気安さのような物がやり取りの中に存在し、互いに対して遠慮をしなくてもいい関係なのだと察するのは難しくない。


 突如始まったミーシャとコウキの掛け合いに、苦笑を浮かべるルクセリアだが、その切れ長の金色の猫目は、何かを感じている様に少し揺らいでおり、羨望の様な色が少し浮かんでいるのが見て取れる。


「……会った時から思ってたけど、ホントに仲がいいわね?」

「幼馴染だしな、今更遠慮とかしようとも思わん」

「羨ましいでしょう? えっへへ~」


 呆れた様に荷車の取っ手を掴んだまま、器用に肩を竦めてみせるコウキ。

 苦笑を浮かべるルクセリアに、にっこりと嬉しそうに笑顔を浮かべるミーシャ。

 仲の良さを隠そうともしないミーシャの意味がない問いかけに対し、ルクセリアは苦笑を崩す事はない。

 しかし、そんな彼女の艶やかな唇から出てきたのは、冷静で静かで妖艶な美女と言った印象のルクセリアとは思えない程に微かで、小さな言葉。


「そう……ね、遠慮しなくてもいい存在って、羨ましいわ。私には今まで、居なかったから……かしらね?」


 そう小さく呟き、密やかに笑う彼女は、賑やかな喧騒の中で、容易く掻き消えてしまいそうな程に儚く、何かを諦めたような、そんな印象を受ける。

 彼女が浮かべたその表情は、確かに孤独を知る者の浮かべる表情であり、何かを諦めてしまった者が浮かべる表情。

 儚く、触れれば砕けてなくなってしまいそうな彼女の笑みに、コウキは触れる事なく、ルクセリアを片手で指差し、顔だけはミーシャの方へ向ける。

 そこに存在するのは、やはり鋭い黒の瞳を半眼にして、ミーシャを見下すような視線だった。


「ほら見ろ、これが謙虚且つお淑やかってもんだ。見習え」

「私がこんな反応するの見て、コーはどう思うわけ?」

「いい病院を紹介する」

「ムッキーッ!」

「ええっと……」


 自らが空気を崩しそうになった事を理解しているのか、何事もなかったかの様に繰り広げられるコウキとミーシャのやりとりに、困惑してみせるルクセリア。

 そんな彼女に構う事なく、見えてきた剣と盾を象徴として刻まれた傭兵ギルドの看板が垂れ下がった建物へ向けて、コウキはガラゴロと荷車を引く。

 金属音と混じった重い足音が、困惑するルクセリアの少し前を行き、自然とルクセリアの金色の瞳はコウキの背を追う形になる。


 そして、喧騒に紛れずハッキリと聞こえたコウキの言葉は、少し面倒臭そうな色を帯びつつもルクセリアに届く。


「ここまで元気すぎるのもどうかと思うが、別に遠慮なんざいらねぇよ。大体、俺に着いてくるって言った時の強引さは何処行ったよ? 一緒に旅すんならお前が俺に遠慮する理由はねーだろ。逆もまた然り、だ」

「……そうだったわね。一緒に旅をするなら、私にとって貴方がそう言う存在になるのも時間の問題かもしれないわね」


 あまりにもあっけらかんとしたコウキの言葉に、ルクセリアは金色の瞳を少し見開くが、すぐに、仕方がないと言わんばかりの苦笑を浮かべる。

 しかし、胸の下で腕を組み、肩を竦めて苦笑を浮かべる彼女の雰囲気は、本当に呆れているとは言えないものであり、寧ろ少し嬉しそうな、少し担いでいた荷物が降りたような、そんな雰囲気を感じさせる。

 少しばかり足を止めていたルクセリアが足を動かした瞬間、背中しか見えていないコウキが少し笑みを浮かべた雰囲気を滲ませ、そのままルクセリアへと言葉が届く。

 風に乗ってルクセリアの横長に尖った青色の耳に届いたコウキの言葉は、何の飾り気もなく、当たり前の軽い言葉だが、それは確かに仲間に掛ける気安い声だったのかもしれない。


「そろそろ行こうぜ、ルクセリア。ギルドはすぐそこだしな」

「……えぇ、そうね。コウキ」


 そう言って彼女が浮かべたのは先程までの儚く、触れれば壊れてしまいそうな笑みではなく、彼女がルクセリア・ケッフェンヘルトとしての、静かで確かな強さを感じさせるうっすらとした笑みだった。


「所で……そう言う存在って、その、こ、こここ恋人、とか?」

「ふふっ、どうかしら? まぁ、ありえない、とは言い切れないわよね? 二人っきりの旅だし?」

「うぁうぁう~、いいけど~別にいいけど~……私も忘れないでね! コー!」

「何テメーが許可出してんだ馬鹿野郎。ルクセリアも無駄に茶々入れんじゃねぇ、めんどくせー」

「ふっふっ……ゴメンなさい。安心して、今の所はその可能性は殆どないから」


 世の男性からすれば羨ましい事この上ない会話が繰り広げられているが、コウキ達は全く気にする様子がなく、傭兵ギルドの前に着くと、荷車を置き、荷解きを始める。

 がちゃがちゃと鉄ガメの素材が音を鳴らし、コウキの片腕に担ぎ上げられ、絶妙なバランスでもって支えられた事を確認したルクセリアが、木製のドアをキッと軽く押し開く。

 ルクセリアの言葉を受けても、私も忘れないでよね? と何度も念押しをしつつ、コウキにまとわりつくミーシャ。

 それに対して、いつもの様に面倒臭そうな雰囲気と表情でもってミーシャの相手をするコウキ。

 そんなコウキへ向けてルクセリアが浮かべるのは、密やかながら少し柔らかさを伴った笑顔だった。




 この日、傭兵ギルド王都ローデンハルト支部は、いつもと変わらず平和だった。

 トバリ石と呼ばれる建築に使われる加工しやすい石で作られた外側の簡素な建物に、毎日清掃しているにも拘わらず気がつけば終業時には汚れが発生している木製の内装もいつもの通り。

 乱雑に置かれた木製の簡素な机と椅子が、依頼書が貼り付けてある掲示板の前にいくつか存在するのもいつも通り。

 体格がよかったり、少し先が細かったりする体に鎧を着込んだり、己の武器を下げ、カウンターに居る職員と話し込む女性傭兵や、女性職員に話し掛ける男性傭兵がいるのもいつも通り。

 カウンターに職員一人一人が存在する間に簡易的な仕切りがあるのもいつも通りだし、それをいい事に女性傭兵が男性職員を、男性傭兵が女性職員を食事の約束や男女関係に関する約束を密かに交わしているのもいつも通りだ。

 そもそも、ローデンハルトと言う国には、特別に強い魔獣やモンスター等はひと握りであり、それに伴ってそう言った存在の脅威度が低い国である。

 故に、高ランク高実績を保つ傭兵が、この支部に居る事自体があまりなく、もっぱらここに居るのは新米か、よほど才能がない傭兵のみだ。

 そういった事情もあり、王都にある支部にしてはのんびりとした空気と時間が流れる傭兵ギルド。と言うのがいつも通りの光景である。

 その証拠に、傭兵達が纏う鎧も簡素な物が多く、武器も量産性が重要視されている様な、つまりは同じ様な装飾、形状の者が多い。

 しかし、新米やかなり才能がない傭兵が多いながらも、人がいないわけではない。

 特に男性傭兵はそこそこの数が今現在傭兵ギルドに顔を出しており、その殆どが受付カウンターの一角にひしめいている。

 そしてこれもまた、いつも通りな光景だった。


 男性傭兵がひしめく奥には、当然簡素な木製の職員専用カウンターが存在し、そこには一人の女性が木製の丸椅子に腰掛けて、男性傭兵達に笑顔を浮かべて対応している姿がある。

 長く癖がない赤い髪を側頭部の少し上の片側だけで纏め、ひょろりと垂らされる長い尻尾。

 開けばパッチリとしていて愛嬌が感じられそうな深い深い青の瞳は、笑みの形を作りながらも、目元がひくひくと痙攣したように動いている。

 低めだが小さく可愛らしい鼻と、同じく小さめで女性らしくぷっくりとした桜色の唇。

 女性的な丸み帯びたラインの輪郭が男性に可愛いと思わせる点でもある。

 座っていてわかりにくいが、全体的に身長は低めでありながらも、胸元はそれに比較すれば少し大きめであり、手足も身長と比較すればスラリと長くしなやかに感じる。

 事務仕事が中心ゆえか、荒れが見当たらない白く美しい肌を持ったしなやかな指が、適度な肉付きを感じさせる太ももの上で組まれており、可憐なイメージを押し出すのに一役買っている。

 白のシャツに黒のスカート、ソックスは黒く長いソックスを着用し、茶色のマントの様な羽織りを着けているのは、彼女がギルド職員だからであり、それが制服だからだ。


「メルちゃん、今度食事でもどう?」

「あ、ありがたいですけど、遠慮しますです」

「メルちゃん、今付き合ってる人とかいるの?」

「いないですけど……」

「じゃあ俺とか!」

「ごめんなさいです」

「メルちゃんこの依頼だけど」

「あ、はい、これは……うん、問題なしです。契約内容不備なし、記録板と照合してもバッチリやれると思いますです」


 ギルドへの依頼を処理する職員関係の会話とは関係ない会話の中でも、しっかりと自らの仕事をこなす、メルと呼ばれた女性が、こうして多くの男性傭兵に詰め寄られるのは、言うまでもなく彼女が可愛いからである。

 頭の右上からひょろりと伸びる長い尻尾が特徴的な赤毛に、愛嬌のあるパッチリと大きな深い深い青の瞳を持つ彼女、メルファティナが数多くの男性傭兵に詰め寄られながら仕事をするのもまた、いつも通りだ。

 彼女のおかげで、他のカウンターの窓口は人がまばらで、そちらへ依頼書を持っていく男性傭兵の視線も、メルファティナへ向かっている事が多い。

 ここまで男性傭兵から押しかけられ、人気があるならば、同僚の女性職員から理不尽な嫉妬を受けそうなものだが、その目線は何処か不憫なものを見る様な視線が多い。

 人気とは言っても、明らかに過剰とも言える人数が、メルファティナのカウンターの前にひしめき合っているのだ、哀れみや不憫な感情を持たれるのも仕方のない話。


 多くの男性傭兵に詰め寄られ、ギルドの仕事とは関係のない話を多く交わし、目元をひくつかせながらも、しっかりと仕事をこなす。

 既に彼女の中でその光景が日常にすらなる程に諦め、諦めてもどうにかなっている彼女は、正しく有能なギルド職員ではあるが、彼女の表情から察するに、その事を良しとはしていないのは明らかである。


 メルファティナと言う女性にとっては傍迷惑な、他の職員達にとってはいつも通りの傭兵ギルド王都ローデンハルト支部内のいつもの光景だった。

 キッと言う軽い音と共に、何か硬い物等をごちゃごちゃに入れた重たいものを持って歩く賑やかな音が聞こえるまでは、確かにいつも通りの光景だった。

 顔見知り同士が多く、ギルド職員達も王都ローデンハルトに居る傭兵達の顔を殆ど覚えているが故のいつも通り。

 それが、いつも通りの光景ではなくなり始めたのは、メルファティナの前にいる男性傭兵達以外の者が、ざわりとざわついた所から始まる。

 こつこつと軽いブーツの音が二つ、ゴツッゴツッと重いブーツの音が一つ。


「ここが傭兵ギルドか……」

「そうよ、内装は何処も同じようなものだけど、やっぱり王都なだけあって少し狭いかしら」

「王都だから大きいものじゃないの普通?」

「土地が余ってねぇんだろうよ」


 女性二人、男性一人の会話だが、それとは別に辺りのざわつきが収まる事はなく、傭兵達の小声での会話内容や驚きの内容は、その集団に向いている。

 当然、入ってきたのはコウキ、ミーシャ、ルクセリアであり、コウキはともかく他の二人は普通にしていても嫌というほど目立つ。

 ましてやルクセリアは確かな実績を持つ傭兵であり、実家の地位も知らぬ者はいない程に高く、格式のある家だ。

 目立つなと言う方が無理な相談である。


 そして、傭兵達にとって無名とも言えるコウキの鋭く黒い瞳が、男性傭兵達がひしめきあう一角へと向けられる。


「何だ? あれ?」

「さぁ? 優秀な職員でもいるのかしら……」

「んじゃ、あそこでやってもらうか」

「ん~……でも時間掛かりそうじゃない?」


 ふむ……と素材を担いでいない方の手で口元を覆い、少し耳を傾けるコウキ。

 会話内容を読み取ったコウキは、迷う事なく男性傭兵達がひしめき合う一角へとブーツを鳴らしながら近づき、その後ろへと立つ。

 未だ笑顔で仕事と無駄な会話への対応を続けるメルファティナにとっては、その足音が聞こえようと、無駄に男性傭兵が一人また増えただけであり、気に留める程の事ではない。


「なぁ、大した用事ねーんならちょっとどいてくんねーか、素材の取引と傭兵登録してーんだけど」


 身も蓋もなく言葉を発するコウキには、気負った様子もなく、その声の中にはメルファティナを目的とした色合いもない。

 その時ようやく、メルファティナと言う女性は、いつも通りのギルド内の光景が既にいつも通りではない事を理解したのかもしれない。

 低めでありながらも軽い独特の声音が聞こえた瞬間、メルファティナは少し腰を浮かせ、男性傭兵達が作り出す壁の向こうを覗き見る。

 しかし、背が低めなメルファティナが椅子から立ち上がった所で、男性傭兵達が立ちはだかる向こう側など見えるわけもなく、いつも通りではないと感じられるのは、コウキの声に対して傭兵達が反応してからの会話のみ。


「こちとらいそがしーんだよ、他の窓口でやんな」

「ひよっこはさっさと登録して稼ぎに行くのが常識だろ?」

「ここが有能で仕事が早そうだからここに来ただけだが……つーか、さっさと稼ぎにいけっつーんならどいてくれ」

「ったく、俺も依頼をメルちゃんに処理してもらおうと思……って、んだ、よぉぉぉぉ!?」

「明らかに依頼処理かんけーねぇ話してたじゃねぇか……」

「どーした、よっ!?」


 声だけでコウキへ向けて対応するも、コウキが引く気を見せない事に焦れたのか、一人がコウキへと振り返った瞬間、その視線はコウキの両隣へと向けられる。

 ルクセリアの姿、そして魔法騎士団所属を表す黒のローブを見た男性傭兵は、よくわからない悲鳴の様な声を上げつつ、すぐさまギルドの出入口へと走り寄る。

 そのままの勢いで、ドアを開け放ち、すぐさま外へと走り出していく。

 続いて二人目も同じ様にして走り去った後に、はぁん? とコウキは首を傾げてみせるが、その視線はルクセリアとミーシャを交互に捉える。


「お前ら……こう言う時便利な奴だな」

「ふっふーん」

「別にあんな事で怒るわけないし、慌てなくてもいいと思うのよ。それに、私に向けられた言葉じゃないし、怒る理由がないわ」

「あのなぁ、一般傭兵なめんな。小市民精神なめんな」

「一般?」

「小市民? どこにいるのかしら?」


 軽く会話を続ける三人だが、その間にも男性傭兵達は、自らの後ろに誰がいるのか、その事実に気が付いて一人、また一人とギルドの外へと勢いよく出ていく。

 コウキの言葉に、ミーシャとルクセリアが合わせた様に首を傾げた時には、既にコウキ達の目の前には誰もおらず、呆然と丸椅子に腰掛ける可愛い女性が一人存在しているだけとなった。


 からかう様なミーシャとルクセリアの言葉に、面倒臭気にため息を吐きつつも、赤毛のひょろりとした尻尾が特徴的な可愛い女性の前へと歩み寄り、担いでいた素材を地面へと下ろす。

 鉄ガメの甲羅とは言え、普通の甲羅とは違って完全に曲線という訳ではないそれは、地面に置いてもバランスを崩す事なくしっかりと安定してみせる。

 大きな甲羅が三つ重なったタワーをよそに、コウキは鋭い瞳を赤毛の女性、メルファティナへと向けるが、彼女は未だに何が起きたのか正確に理解出来ていない様子で、ぼんやりとコウキを見上げている。


「おい、アンタ」

「は~……はっ!? ふぁいです! 何でしょう!」

「いや、傭兵登録と素材の買取頼みたいんだが」


 コウキが発した言葉に過剰に反応したメルファティナは、わたわたと慌てつつもパッチリとした大きな深く深く青い瞳で、コウキを正しく認識。

 人族のものである、丸く小さな耳を少し赤く染めているのは、自らの醜態を理解した為か、それを誤魔化す様にいくつかの書類をぺらぺらと用意してみせる。

 その間にも深い深い青の瞳は、チラチラとコウキを見ているが、コウキ自身は気にした様子もなく、木製のカウンターに並んでいく書類をじっと見ているだけ。

 細くしなやかな指が動く度に、ぺらぺらと書類が並び、全て並べ終えた時には五枚ほどの質のいい紙が並んでいた。


 同意書や個人の情報を記入するものばかりの内容と思われる書類が並び、コウキはそこで初めて自らの前に座る赤毛の女性をまじまじと見つめる。

 え、えっと……と躊躇う様に、若しくはただ恥ずかしがっているだけの様に声を漏らし、さぁっと少しメルファティナ頬が色づく。


「な、何でしょう?」

「いや、苦労しそうな顔してんなと思ってな」

「は、放っておいてくださいです!」

「まぁ、それはいいとして、さっさと登録始めてくれ」

「あ、はいです」


 メルファティナの問いかけに対し、何気に失礼な返答を寄越すコウキであり、メルファティナも勿論それに反論するが、それ以上は何も言わず、傭兵登録を促す。

 そんなコウキの態度に肩透かしを食らったように不思議そうな表情を浮かべ、首を小さく傾げてみせるが、結局コウキの言葉通り、一枚の書類をコウキに差し出す。

 同時に、少し質の良さそうな羽ペンを差したインク瓶をスッとコウキの手元へ押し出し、彼女の小さな唇は登録時に必要な手続きの説明をつらつらと紡いでいく。


「では、この書類に記入をお願いしますです」

「あぁ」

「色々と説明する事はありますが、記入が終わってからご説明いたしますです」

「よろしく頼む」


 既にコウキの鋭い瞳はメルファティナの方を向いておらず、書類へと注がれる視線はそのままに、視界の端に見えているであろう羽ペンを掴み、二度程上下に動かし、しっかりとインクが着いた事を確認すると淀みなくペンを走らせる。

 氏名、年齢、出身地などから始まり、傭兵になる以前に倒した魔獣やモンスターの討伐経験の有無、戦闘経験の有無、対人戦闘経験の有無などが記入欄に存在する。

 視線を下へ向け、氏名を書き終えた時点で、コウキの少し上からふわふわとした甘さを残すような声が降ってくる。

 その声には無意識で呟いた様な色が多分に含まれており、本人の意思として呟いたものではない事がわかる。


「コウキ……さん」

「呼んだか?」

「えっ? あぁ! いえいえ! どうぞ記入を続けてくださいです」


 意識的に呟いたとは思えないメルファティナの声に、短く答えてみせるが、視線を上げる事もなければ記入をやめる事もない。

 一度もメルファティナに視線を向ける事なく、粗方記入を終えるコウキとは対照的に、メルファティナの深い深い青の瞳は記入を続けるコウキへと集中している。

 耳にかかる程度で、襟足付近が短め、少しだけ目に掛かるか掛からないかと言う前髪だが、所々ピンと跳ねている箇所が存在する黒い髪。

 耳は丸く、所属全体で見れば小さい方に入るその形は人族の証明のようなもので、同じ様な耳の形を持つドワーフ族とは身長がまるで違う。

 瞳は黒く鋭い。見るものが見れば目つきが悪いと言われても仕方がないような瞳だが、しっかりとした意志を宿し、その灯った輝きが、彼の持つ鋭い瞳と言う印象の大半だろう。

 高く形が整い、筋がすっと通った鼻に男性的な薄い唇。

 輪郭はシャープではあるが、少しばかり日に焼けた様な肌色が、彼を優男とは違う事をハッキリと感じさせる。

 長袖丈長のシャツとズボンに隠れた手足は長いが、傭兵立ちによく見られる丸太の様な手足ではなく、どちらかと言えば線が細い方に入る。

 身長も高くもなく低くもない。人族の平均と言う水準であり、総合して言うならば体格がいいとは言えない。

 しかし、羽ペンを握る手は、節が目立ち、硬そうな掌の皮膚が存在しており、武器を握った事がないとは到底言えない手をしている。


 あらかたの記入が終わった時点で、コウキは少し折っていた上体を起こし、そこでようやく視線を上げてメルファティナを捉える。

 記入が終わった事を確認したメルファティナは、差し出される書類を受け取るが、その時コウキの背後からひょっこりと顔を覗かせる存在があった。


「あいっかわらずきったない字ねー」

「ほっとけ」

「んんんっ!? み、ミーシャ!?」

「あ、やっほー、メルー」


 金色の髪を跳ねるように揺らし、空色の瞳でコウキの書いた文字を背後から覗き込むミーシャが顔を覗かせた瞬間、メルファティナの深い深い青の瞳が見開かれる。

 明らかな驚きと、顔見知りであるような反応に、コウキの首は小さく傾げられる。


「何だ、知り合いか?」

「んー、そうねー、友達。ギルドにはあまり寄らないけど、ここでちょっと知り合ってからプライベートで一緒に遊びに行ったりしてるのよね」

「ふーん」

「あ、興味なさそう」

「実際別に興味ないしな」


 メルって可愛いでしょー等と言いつつ、イヒヒと笑うミーシャは、コウキの隣に並び、軽く肘でコウキの脇腹をつつく。

 ミーシャに対して反応を返す事はないが、面倒臭そうに歪められる眉を見るに、明らかに鬱陶しいと言っている事が丸分かりである。

 明らかに知らない仲ではない様子のコウキとミーシャを、深い深い青の瞳で捉えたメルファティナは、コウキから受け取った書類へと視線を落とし、出身地を確認。


「トトリ村……あの、お二人のご関係ってもしかして恋人さんです?」

「やだ! メルったら~! さっすが親友分かってるわねー!」

「幼馴染だ」


 白い頬を、パッと赤く染め上げ、でへへ~と笑って片手を振ってみせるミーシャに対して、メルファティナは冷静にコウキへと視線を向ける。

 当然、その視線の意図をしっかりと汲んでいるコウキは、にべもなくミーシャの意見を切り捨てる言葉。

 身も蓋もないコウキの冷静な言葉に、ミーシャがぶーぶー! と噛み付いているが、コウキは面倒臭そうだった表情が、更に面倒臭そうな表情へと変わるだけで目立った反応はしない。

 表情はそのままに、並べられた書類を手に取り、ざっと目を通す。

 なるほど、幼馴染ですか……と静かにつぶやくメルファティナだが、結局何かを思案する暇もなく、書類から視線を外さないままにコウキから言葉が飛んでくる。


「後は同意書みたいだが、サインでいいのか?」

「あ、はいです。生命の自己責任、傭兵同士の関係対応に関しての自己責任書、その他諸々です。血判などは必要ないので、同意していただけるならサインをお願いしますです」

「まぁ、この手の書類って、内容読まずにサインするけどな、大体」

「身も蓋もない人です」


 俺も例に漏れない、とでも言うように、内容を斜め読みした後、さらさらと自らの名前を残り四枚の書類へと署名。

 内容は結局全ての行動は自己責任で行うという事であり、ギルドが保証するのは依頼不達成による補填と、命を落とした場合、最低限の補填はすると言う内容。

 後は細やかな禁止事項が書かれており、普通に傭兵ギルドの傭兵としてやっていくならば、殆ど抵触しないものばかり。

 つまりは、当たり前の事ばかりが記載されていると言う事だ。

 報酬が発生する依頼をギルドを通さず受ける事を禁止、素材を申請なしに使用する事の禁止などなど、窮屈ではあるが、結局それらを守らなければギルドとしての収益が落ち込み、組織の運営自体が怪しくなる。

 そしてギルドがなくなれば、傭兵の信頼を保証するものがなくなる。

 故に、これらの禁則事項を破る者など滅多にいない。


 コウキから渡された書類を、ふむふむ……等と小さく声を上げながら、メルファティナは一枚一枚目を通し、不備がない事を確認したのか、何度か頷き、その度にぴょこぴょこと赤く長い尻尾が跳ねる。

 そして、ゴソゴソと自らの後ろにある木箱の中身を探り、一枚の黒い板を引き出す。

 不思議な透明感があり、明らかに金属ではない材質の板をコウキへと差し出す。


「同意書へのサインを確認しましたです。では、これがコウキさんの記録板となりますです」

「ふーむ、これがね……」

「ちょっとコウキ? まだ終わらないのかしら?」


 差し出された黒い板を受け取り、目の前に掲げてまじまじと見つめるコウキの後ろから、またひょっこりと人影が姿を現す。

 深い青色の髪を揺らし、金色の瞳でコウキの手元を覗き込むのは、勿論ルクセリアであるが、その瞬間メルファティナの大きな瞳が更に大きく見開かれる。

 その驚き様は、ミーシャが現れた時の比ではなく、唇が開きっぱなしながらもわなわなと震え、がたがたと震える指でコウキの後ろを指差す。


「えと、えとえとえと、えっと……勘違いであったら嬉しいです。ルクセリア、様……です?」

「やっぱお前有名なのな」

「まぁ、私は確かにルクセリアだけれど……大体貴方もその内有名になるわ、いやでもね」


 明らかに慌てた様子のメルファティナだが、それを気にする者はここには当然いない……いや、同僚はやはり同情や哀れみの視線を送っている。

 コウキはルクセリアの有名さを再認識しつつも、手の中にある記録板をくるくると回しながら、様々な角度で見回し、ミーシャもそれを物珍しそうに見ている。

 明らかに他人事と言わんばかりのコウキの言葉にため息を吐いて肩を竦めるルクセリアだが、金色の瞳がコウキの手の中に収まっている記録板を見つける。


「あら? ちゃんと記録板もらってるじゃない。説明は聞いた?」

「コイツに関してはまだだな」


 コイツと言うのは記録板の事であるのは確かだが、それでも金色の瞳を見返すように横目で視線を送ったコウキの人差し指の上で、四つある角の内一点を支点にしてくるくると回して記録板を軽く掲げてみせる。

 半透明とも言える黒い板が、くるくると人差し指の上で絶妙なバランスを保って回り続ける光景は、かくし芸を披露しているような印象を受ける。


 あら、器用ね……と言う少し楽しそうな声を上げるルクセリアの瞳は、記録板と言うよりも、記録板を指一本の上でくるくると回すコウキの器用さに目が行っている。

 何とも呑気な光景であり、ミーシャはミーシャで、おー……と驚いた様にやはりコウキがくるくると回し続ける記録板へ視線を集中させている。

 赤く長い尻尾をぴょこぴょこと跳ねさせ、どうしようどうしよう……等と緊張と不安に苛まれているメルファティナを、ボケッと観察しつつ、コウキは親指で記録板を弾き、更に記録板の回転速度を上げる。


 そして、一通り慌て終わったのか、何とか落ち着いたメルファティナの大きく深い深い青の瞳が、次はコウキの人差し指の上でくるくるくるくると中々の勢いで回っている記録板を捉える。


「ひゃわわわわ! 何してるですか!? それ案外と高いんですよ!?」

「ほー、幾ら位だ」

「紛失・破損した場合、再制作費用として一〇〇〇〇〇C(クーヴェ)いただくです!」

「たっかいなー、大事に扱うか」


 十万C(クーヴェ)と言えば、世界自体の象徴とする紋章を刻まれた通貨の中でも、金貨一枚に相当する価値。

 魔法騎士団で言えば、大体一週間分の給料に相当する。

 それを考えると、確かに新米傭兵が稼ぐ平均を見た場合、不可能とは言えないが軽くポンと払えるものではない。

 やけっぱちになった様に叫ぶメルファティナの言葉に少し自重しようと言葉を紡ぐコウキだが、記録板が回っている人差し指を上に弾く。

 当然そうなれば、くるくると回っていた記録版は宙へと舞い上がる。

 同時に、メルファティナの悲痛な叫び声が聞こえるが、くるくると舞い上がった記録板が、コウキの視線の高さまで落ちてきた瞬間、ぱっしと片手で捉え、しっかりと手の中に収める。

 明らかに大事にしようと言った者のする行動ではない。


 ルクセリアは苦笑し、ミーシャは、おー! と感嘆の声を上げ、小さく拍手を送っている。

 記録板を手の中に収めたコウキは、改めてまじまじと記録板を見据える。


「心臓に悪すぎるです! その記録板をそんな風にして扱う人初めて見たですよ……」

「ふーん、これにそんな価値がねぇ……」

「魔結晶を加工して形作って、魔法で中身の機能を作ってるものだから高いのよ」

「ほー……んで? 使い方は?」


 ルクセリアの説明に対して、物珍しそうに光に透かしてみたり、肌触りを確かめる様に触ってみたりと、記録板を弄り回すコウキ。

 手の中にあるのは半透明の黒い板であり、簡素にすら思えるその形状を見れば、それほど価値がある物とも思えない。

 しかし、よくよく見れば、しっかりと角が形成されており、薄くも滑らかな肌触りを考えてみれば、中々の加工技術が必要だと理解する事は可能である。

 そして、中の機能を魔法で構築する事も視野に入れれば、確かに技術料としては妥当な値段か、若しくは比較的良心的な値段とも言える。


 取り敢えずコウキの暴挙とすら言える行動が落ち着いた事に、メルファティナは胸を撫で下ろし、ホッと息をついた所で、ようやくコウキへと瞳を向ける。

 じっと観察するような瞳は、何をしでかすかわからないコウキを警戒しているとも見える。


「もう既にコウキさんの情報は記録板に入ってるですよ」

「早くないか?」

「コウキさんが手に持った時点で、体内にある魔力をその板が自動的に少し吸い取るです。そして、その魔力に刻まれてるコウキさん自身の情報が既に板に記録された。と言う訳なのですよ」

「便利なもんだなー……情報の開示は?」

「板の角、どこでもいいので摘んで一度軽く振るですよ」

「こうか」


 四つ存在する角の一つを、親指と人差し指で摘み、軽く横に振る。

 声と共に振られた記録板は、先程までただの半透明の黒い板だったのだが、その瞬間ぼんやりとした赤い光で構成された文字が浮かんでくる。

 コウキ、トトリ村などの情報が浮かび上がる。

 記載されているのは氏名、出身、年齢、種族、職業のみ、他に情報はない。


「情報はそれだけではないです。浮かんでいる文字に手を翳して、左右どちらでもいいので文字全体を送るようにして手を振るですよ」


 メルファティナの指示に、無言で従い、赤く光る文字の上に手を翳し、すっと左に送る様にして振る。

 左手が指し示した方向へ従う様にして文字全体がずれて、そのまま消えていったと思えば、次は右からずれ込んできた様にして新たに赤く光る文字で構成された情報が掲示される。

 そこに書かれているのは、零Sと言う数字と文字、そしてユニークダスト保持と言う簡単な情報が掲示されており、その下にはヘヴィバイド*1と言う情報のみ。

 後は空欄という事なのか、それ以外何も書かれてはいない。

 便利なもんだなー、と軽く声を上げるコウキに対し、メルファティナは、でしょう? と何故か鼻高々と言った様子だが、すぐにその表情はカチンと固まり、大きく愛嬌のある深い深い青の瞳が記録板の情報へと釘付け。

 こしこしと何度も自らの瞳を両手で擦り、何度も確認を繰り返し、その度にまた瞳を擦ると言う動作を、飽きる事なく繰り返す。

 しかし、表示された情報の内容は、変わる事なくそこに存在している。


 零S

 ユニークダスト保持

 ヘヴィバイド*1


 変わる事なく簡潔に表示された情報のみが、そこに存在しており、赤く光る文字が確かに間違いのない情報なのだと主張している。にも拘わらず、メルファティナの瞳は、表示された文字とコウキの顔を何度もゆっくりと行き来。

 自らのカウンターから男性傭兵達がいなくなった時よりも強く呆然とした様子で、情報とコウキ自身を見比べる。

 そして、何度目かの行き来が終わった時、ようやく彼女の唇が動きを見せるが、その声も呆然とした彼女の様子をそのまま声にした様な声音。


「これ、ホントです?」

「何だ? これって改竄可能なもんなのか?」

「い、いえ、自分が経験した事を潜在魔力から読み取っているので、改竄は出来ないです。でもちょっと信じるにはかなり滅茶苦茶な情報だったですよ……」

「ふーん……まぁどうでもいいけど、零Sって何だ?」

「零は傭兵になってからの年数、Sって言うのは純粋にランクね。減点方式だから、依頼に失敗すれば下がっていくのよ」

「ギルドが書き換えるの?」

「いいえ? 中身の魔法でランクの基準って言うものは設定されてるのよ。それを常時潜在魔力の経験を読み取って、基準を下回った瞬間に自動的に書き変わるの」


 潜在魔力と言うものは、自らの経験の積み重ねが自動的に記録される媒体のような役割も果たす。

 それには自らの内にあるもの故に、誤魔化しや改竄をする事が出来ない。

 経験を積み重ねていく潜在魔力を、ほんの少し記録板が吸い取り、常時情報が更新される。

 何かを倒した、何かを手に入れた、依頼を失敗した成功した。そう言った自らが経験した出来事を刻んだ魔力を吸い上げ、反映する。

 これが記録板と言う道具が便利且つ、画期的な道具である理由だ。


「そうね……10年傭兵やってSから落ない、若しくは落ちてもAまでなら、もう超一流と言っていいんじゃないかしら?」


 右手の人差し指をハリと艶がある頬に当て、ふにゅっと少し押しつつ、思案するような表情のまま、大体の基準を淡々と説明するルクセリアの言葉に、ほ~……とコウキとミーシャは声を揃える。

 後は討伐記録との照合で実力と実績が総合されるって所かしら? と言うルクセリアの言葉に、コウキはまじまじと表示されている情報を見つめる。


「ッハァッ!? 呆然としてる間に殆ど説明されちゃった気がしますです!」


 気付けの気合が入った声と共に、メルファティナが再始動し、ギルド職員としての仕事を、わざとではないにしろ放棄してしまった事実に頭を抱える。

 ぴょんこぴょんこと跳ねる赤い尻尾に愛嬌があるが、彼女は至って真剣。


 大体の事を理解したコウキは、記録板をベルトに吊り下げている道具袋に仕舞いこみ、呆れた表情を浮かべる。

 鋭く黒い瞳が半眼になり、眉を少し歪めているコウキの表情は、顔を伏せて頭を抱えているメルファティナに見える事はなかったが、その視線や空気は彼女自身理解しているのか、プルプルと震えている。


 説明を終えたルクセリアは、胸の下で腕を組み、ギルド内を静かに見渡し、こちらをじっと見ている男性傭兵の一人に、うっすらと笑みを浮かべて見せる。

 妖艶かつ密やかなその笑みに、男性傭兵は緊張と興奮を覚えたのか、頬と耳を赤くし体を固くしている。


 ミーシャはミーシャでメルファティナの姿に苦笑しつつも、物珍しそうに空色の瞳を巡らせ、目があった者にはにっこりと笑顔を浮かべ、小さく手を振ってみせる。

 美しく明るい魅力を備えているミーシャは、言わずもがな愛想がとてもよく、それにやられてしまう男性傭兵が多数発生したが、彼女の黒のローブを見て、積極的に話しかけてくる者は当然いない。


「で、でも、私じゃなくても意識を失いそうになると思うです。ユニークダスト保持者でヘヴィバイド討伐経験有りなんて、正直な話信じられないのです」

「どう信じられないのかわからんが、取り敢えず証拠ならある。その為の素材買取だ」


 にわかには信じられないと言わんばかりの深い深い青の瞳を、鋭く黒い瞳で見返すが、素材の事を思い出したのか、床に置いた素材を、広めのカウンターの上にどっかりと置く。

 中々の重量と大きさを持った物を置いた故に、木製のカウンターは、その衝撃で僅かに揺れるが、それで壊れるようなやわな作りはしていない。

 メルファティナは、自らの目の前にどっかりと置かれた甲羅のタワーを、呆然と見上げるが、何度見ようとそれは通称鉄ガメと呼ばれ、正式名称ヘヴィバイドの素材達。


「えっと……気のせいです? これ、甲羅三枚ある気がするですよ?」

「いや、布に包まれてたとしても数え間違わねぇだろ。確かに三枚だ」


 素材をカウンターの上にどっかりと置き、両手を腰に当てて悪びれもなく言葉を言い放つコウキに、メルファティナは、その小さな頭を思わずぐらりと傾けそうになるが、何とか堪える。

 一人一体担当だな。等と軽くいうコウキに、目眩すら覚えるメルファティナだが、ぐっと噛み締めて素材のタワーを見上げる。


「素材買取に移っていいか?」

「いいわよ? 半々ね」

「やっぱり私の分はないのね……」

「給料出てるだろ。満足しろ」

「お給料出てるんだから満足しなさいな」


 同じタイミングで同じ内容の言葉を言い放つルクセリアとコウキに、ふぐぅ……と目元に涙を浮かべつつ座り込むミーシャ。

 しかし、コウキもルクセリアも気にしてはおらず、それ所か、これから査定される素材達へキラキラとした光を宿す視線を向けている。


「おぉ、そうだ。コイツの素材幾つか私用で使いたいんだけどよ、申請書は?」

「…………は? あ、はいです! こちらになりますです。使う素材の魔獣・モンスター名、使用部位と使用用途を記入してくださいです」

「あいよ」


 ほうけていた様子のメルファティナが、コウキの声で我に返り、ペラリと一枚の紙を渡し、軽く説明を付け加える。

 先程も使っていた羽ペンをインク瓶から持ち上げ、ペン先を紙へ着陸させると、淀みなくペン先を走らせる。

 ヘヴィバイド、金属塊、武器作成、計三箇所を必要な場所に記入し、メルファティナへ紙を手渡し、直ぐに確認を始めるメルファティナを、じっと見据えるコウキ。

 不備がない事を確認したのか、何度か小さく頷き、問題ないです。と笑顔を浮かべる。


 書類をカウンターの下にあると思われる収納スペースへ仕舞いこんだメルファティナは、素材へと手を伸ばし、広めにスペースを取られたカウンターの上に、一番下に存在する布で包まれていない甲羅を残して、後はカウンターの中に置く。

 がちゃがちゃと甲羅の中を引っ掻き回し、カウンターの上に仕分けしつつ置いていく。

 白くしなやかで綺麗な手だが、仕事の慣れによるものか、その行動には迷いがなく正確。

 きっちりと部位毎に分けられて並べられていく手際に、コウキも、ほう……と感嘆の声を上げるが、その時には既に八割方の仕分けは終了していた。

 牙、爪、皮、骨、金属塊、甲羅。爪と牙等は中々直ぐには見分けが付かないもので、多くの者は拡大板と呼ばれる鑑定用の道具を用いるのだが、メルファティナはそれを使う事なく見分けて迷いなく仕分ける。

 正確且つ、迅速に仕分けるメルファティナは、確かに優秀なギルド職員である。


「凄いもんだな……」

「そ、そうです? えへっへへ、長い事やってたら慣れるですよ」

「何年になるんだ?」

「んー……成人してからすぐですから~……もう二年です」

「二年で、慣れ……か」

「ですです」


 機嫌良さ気にコウキと言葉を交わしつつも、仕分けの手は止めないメルファティナは、コウキやミーシャと方向性は違うものの、間違いなく天才と呼ばれる人種である事は間違いない。

 便利な道具もダストも使わず、自らの目と経験のみで確かに物を見極める才能を持っている。

 淀みなく手を動かし、迅速に仕分けていく事から見て、それに付随する判断力も相当なものを持っており、事務能力にも長けている。

 まさにギルド職員など、彼女にとって天職とも言える仕事だ。


 そうこうしている内に仕分けが終わったのか、綺麗にカウンターの上に並べられた素材を見て、うん、と一つ頷くと、メルファティナの深い深い青の瞳がコウキを見上げるようにして動く。


「金属塊の中からどの位使うか指定してくださいです」

「んー……半分位か」

「結構な量ですけど……」

「カタナ二本と手甲一組だからな」

「なるほどです。納得ですよ」


 じゃあ半分は包んでおくですー。と返事を返すメルファティナは、カウンターの下から布を取り出し、大きめの金属塊の幾つかを布の中にしっかりと包んでコウキへと差し出す。

 少しずっしりとした布の結び目を片手で握り、受け取ったコウキは、結び目を僅かに解いてベルトに括りつけ直し、また視線を素材へと戻す。


「で、後は買取ヨロシク。めんどくせぇから傭兵登録料はそこから引いておいてくれ」

「了解です」


 コウキの言葉を聞き取り、カウンターに一枚の白い紙をペラリと広げる。

 羽ペンを右手にとったメルファティナは、そのペン先をさらさらと紙の上で踊るようにして書き込んでいく。

 中々に整った字が書き出され、素材名とその単価を印、一つ一つ丁寧に計算。


 報酬

 甲羅 一 五〇〇〇〇C(クーヴェ)

 牙 二〇 六〇〇〇〇C(クーヴェ)

 爪 一六 四八〇〇〇C(クーヴェ)

 皮 六五〇g(ゴロン) 三二五〇〇C(クーヴェ)

 金属塊 六〇k(カロン) 四八〇〇〇〇C(クーヴェ)


 登録料 五〇〇〇C(クーヴェ)


 さらさらと軽やかに動き、計算されていくが、その金額に横から覗き込んだミーシャの口元と目元が引き攣る様に動き、コウキを見上げる。


「えっと、コー?」

「んだよ?」

「やっぱり、一人一体分って言うのが妥当だと思うのよね? うん」

「お前の狩った分は俺とルクセリアがありがたく頂いておく」

「うあーん! コーのケチ! これだけで私の一ヶ月の給料より上じゃない! 私も欲しい!」


 コウキの慈悲が全く感じられない淡々とした言葉に、ミーシャがコウキに縋りついてまで駄々をこねるが、それも仕方のない事。

 何せ一番金になる金属塊を半分私用に使う故に、報酬から抜いてもこれだけの金額になる。

 それはつまり、単純計算で、この最終金額のおよそ半分がルクセリアとコウキの懐に入ると言うのだ。

 ミーシャでなくともこうなるのは明白だろう。

 いや、ミーシャだからこそ、駄々をこねると言う程度で済んでいると言うべきだ。

 何だかんだ言いつつも、コウキに激甘であり、尚且つ魔法騎士団と言う高給な職業についているミーシャでなければ、今この場で斬り掛かられても文句は言えない。


 しかし、傭兵と言う職業は、収入も多い時があるとは言え、稼げる金額は個人や集まりの実力にもよる事から、稼ぎにムラが出やすい上に、出ていく金額も半端ではない。

 対して魔法騎士団と言う職業ならば、収入が安定し、尚且つ実力と実績次第で昇給もあり、装備は申請すれば国から支給される為、出ていく金額が小さい。

 普通の実力を持った傭兵と魔法騎士団に所属する事で稼げる給金は、考えるまでもない。


「稼ぎが安定しねーんだよこっちは」

「それ一般論よ! コーとルクセリアさんならこれくらいすぐ稼げるじゃない! 飛竜でも顔色変えないで討伐しちゃうでしょう!」

「戦った事ねーからわからん」

「するのよ!」

「お前が断言すんのか……」


 うあーん! とコウキにまとわりつくミーシャをよそに、コウキの分の計算が終わったのか、メルファティナが素材を引き下げ、カウンターの上に硬化と金属の粒を並べていく。


 銅貨一枚

 銀貨一枚

 金粒六個

 金貨六枚


 布に包まれていないコウキが倒した鉄ガメの素材の報酬で、合計六六五五〇〇C(クーヴェ)

 そこそこの大金がカウンターに並べられ、メルファティナがにっこりと笑顔を浮かべてコウキを見上げ、ずいっと硬貨と金属の粒を押し出す。


「全部で六六五五〇〇C(クーヴェ)です。掲示板に貼られてる依頼じゃないですので、依頼報酬は当然ありませんです」

「はいよー」


 じゃらじゃら、チャリンチャリンと無造作に硬貨と金属粒を道具袋へと突っ込み、コウキは鋭い瞳をギルド内へと巡らせる。

 当然、未だにぐずぐずとコウキにまとわりついているミーシャは華麗に無視した。

 狭い建物の中であり、目当ての人物はすぐに見つかる。

 いくつもの依頼書が貼り付けられた掲示板の前に、灰色のコートと大きな黒い翼を見つける。

 目当ての人物であるルクセリアは、男性傭兵達をからかう事にも飽きたのか、依頼書をまじまじと金色の瞳で見て、どのような物があるのかを確認していたようだ。

 ブーツのつま先で、こつ、こつ、と木製の床を叩いているルクセリアは、少し屈む様な体勢で掲示板とにらめっこ状態で辺りの様子を見ていない。

 つま先で床を叩くたび、ふるりと揺れる豊かすぎるとも言える胸元に、ギルド内にいる男性の視線を集めているのだが、見た所気が付いた様子は見受けられない。

 しかし、可能性としては気が付いていないと言うより、気付いていながらも全く気にしていない可能性の方が圧倒的に高いと言う事実は、コウキやミーシャにしか分からない事である。


「ルクセリア。素材買取だ」

「わかったわ。私は丸々一体分買い取ってね」

「はいですー」


 顔だけをルクセリアへと向け、カウンターを指差したコウキの呼び掛けに答えたルクセリアは、自らの報酬金額の算出分も同時に伝えつつ、ブーツの踵を鳴らし、カウンターへと歩み寄る。

 ルクセリアがカウンターに着く短い間に、メルティファナは既に紙上へ各部位金額を書き出しており、最終金額計算へと移っている。

 コウキの隣に並び、苦笑を浮かべてミーシャを金色の瞳で見る時には、既に報酬の硬貨を並べている所だ。

 抜群の事務能力に加えて、計算もかなり速いらしい。


 この世界の識字率はかなり高く、教育機関に入る者は限られているものの、各家で文字の読み書きを教えるのは当然の風習として広まっている。

 それはどこの大陸、どこの国でも例外はない。

 故に、文字が読めない、書けないと言った者は殆どと言ってもいい程に存在しない。

 そう言う存在がいるとすれば、ニベルと言う国にあるポケットスポットと呼ばれている幾つかの場所から極稀にふっと出現するらしい異世界人だろう。

 言葉は通じるのだが、読み書きが出来ない者が多いと歴史書にも記載されている。

 これは学園の教科書等にも載っているが、普通に平民が買える書物にも記載されているものがある。

 識字率と同じく、計算も同様であり、出来ない者の方が少ない。

 簡単な計算ならば、平民だろうが出来るのが当たり前であり、出来なければ就職にも関わってくる程。

 傭兵と言う体が資本の仕事でさえ、簡単な計算と読み書きが出来るのが最低条件であり、態々提示せずとも暗黙の了解として受け入れられている。


「んー、コウキのより少し小さかったのかしら?」


 並べられた報酬をじーっと金色の瞳で見つめるルクセリアが、ポツリと呟く。


 銀粒一個。

 銀貨一枚。

 金粒七個。

 白金粒一個。


 総合計金額は一〇七六〇〇〇C(クーヴェ)

 十二分に大金であるが、コウキが倒したものより小さいと発言する事から考えて、頭の中で大雑把に計算を終えたのだろう。

 確かに、単純計算でコウキが金属塊を半分私用で使わなければ、その合計金額は一一四五五〇〇C(クーヴェ)となるが、数が大きい数字を頭の中で並べ、その差を認識出来るルクセリアの計算能力は相当に高いと言うしかない。

 大金と言うのに何の抵抗もない金属粒と硬貨を、ルクセリアも無造作に道具袋へと突っ込んでいく。

 そして、最後の一体分の計算が行われる事には、コウキに縋り付くミーシャの駄々は中々大変な事になっており、縋り付くと言うよりも、無理矢理背中に乗っていると言った方が正しい状態である。


「うあーん! お願い! お願いだから~! コー!」

「うるせぇなぁ……わぁったよ」

「ほんと!?」

「あぁ」

「やたー! コーありがとー!」


 背中で暴れるミーシャにいい加減面倒臭さが頂点に達したのか、面倒臭気に表情を歪め、ため息と共にミーシャの取り分の確保に許可を出す。

 その事実に、飛び上がりそうな勢いで喜ぶミーシャは、余程嬉しかったのか、背中に張り付いたまま首を伸ばし、コウキのシャープな頬に軽く口付け。

 満面の笑顔でコウキの頬に唇を落としたミーシャの機嫌は有頂天だったが、コウキの表情は更に面倒臭そうな表情へと変わる。

 チュッと言う軽い音と共に唇は離れたが、ミーシャは一向にコウキの背中から降りようとはせず、コウキの首に回した両腕を抱きしめるようにして軽く引き絞る。


「……貴方も大変ね?」

「ミーシャ。そう言う事するなら場所を考えた方がいいです」


 呆れた色を金色の瞳に浮かべるルクセリアに、少し冷ややかな色を宿した深い深い青の瞳をミーシャへ向けるメルファティナ。

 そんな視線を向けられながらも、ふっふーん、と笑みを浮かべるミーシャだが、実際は相当恥ずかしかったのか、頬も横長の耳も真っ赤に染まりきっている。

 言うまでもなく、コウキには、ギルド内に存在する男性から多大な嫉妬に塗れた視線を送られているが、全く気にした様子がない。

 他人からの視線を気にしない性格だと言うのもあるが、男性達が突っかかって来ようとしないという事実が何よりも大きい。

 その理由はミーシャとルクセリアである事は明白で、明らかな実力者二人が傍に居り、尚且つコウキ自身もヘヴィバイドを倒したと言う話。

 狭い建物ゆえに、少し大きな声を出せばギルド内に聞こえるのは当然の話であり、その事実も既にギルド内の全員の耳に届いている。


 ローデンハルトにはそれ程強い魔物や魔獣、モンスターは居ない。

 これは当たり前の話として通っているが、どんな所にも例外という物が存在する。

 例に漏れず、ひと握りではあるが、その例外に当たる魔獣や魔物が、ローデンハルトにも存在しており、そのひと握りの別格の中でも、更に一段上の別格がヘヴィバイドだ。

 圧倒的な物理防御力、全体的な動きは鈍重でありながらも、攻撃の瞬間だけを言えば、その動きからは想像も出来ない程の俊敏さを見せる。

 魔法を使えば倒せないわけではないが、魔法を使用して倒す頃には素材が破損し、売れる物ではなくなっている。

 その事実が、ヘヴィバイドを別格たらしめている要因であり、その素材を売却に問題ない水準で持ってこれて、尚且つ記録板に討伐記録が存在していると言う事は、つまりそういう事だ。

 突っかかって行っても勝てる要因が何一つとして存在しない。その事実に気がつけない傭兵など傭兵をやっていない。

 利口でなければ務まらない職業でもあるのだ。

 故に、経験を積んでローデンハルトから出ていく者でも、ヘヴィバイドの相手をする事なく出て行く者が多い。


「はいこれ、ミーシャの分です。全部で一二三九〇〇〇C(クーヴェ)です」


 にっこりと笑顔を浮かべて、ずずいとカウンターの上に並べられた硬貨と金属粒に、きらきらとした空色の瞳がコウキの背中から注がれる。

 ぴょいんっとコウキの背中から降りたミーシャは、カウンターの前で報酬をかき集めつつも、ルクセリアとコウキをくるりと振り返る。

 しょんぼりと垂れ下がった横長の耳と、揺れる空色の瞳が二人を捉えるが、コウキとルクセリアは苦笑を浮かべて一つ頷くだけ。

 少しばかり不安そうだった表情が、パッと嬉しそうに輝き、えへー、と声を上げながら、自分の道具袋にお金をブチ込む。


「さってと、用事も終わったし、武器と財産返してもらいに行くか」

「そうね……ミーシャ。貴方はどうするの?」

「んー、一応コーが武器とか受け取るまでは着いて行くわよ? その後はー……城に帰って報告かしらねー、何で休暇中の報告とかいるのよぉ~……めんどくさーい!」


 口を縛った道具袋を振り上げ、全身で面倒臭いと表現するミーシャに、ルクセリアは苦笑を浮かべる。

 しかし、本気で言っているわけではなく、何故嫌がっているのかと言うのは、唇を不満そうに尖らせ、金色の形が整った眉を歪めて何かとコウキにまとわりつく彼女を見れば一目瞭然だろう。

 要は、城に帰るのが嫌なのではなく、コウキとまた離れるのが不満なだけだ。

 その証拠に、どうでもいい理由を見つけては、ミーシャはベタベタとコウキにまとわりついている。


 あまりと言えばあまりのわかりやすさに、ルクセリアは苦笑を浮かべるしかなく、メルファティナはミーシャの新たな一面に驚きつつも、その瞳はコウキの面倒臭そうな表情へと注がれている。


 ベタベタとやたらにくっついてくるミーシャに、眉を歪めるコウキだが、無理矢理剥がす事はせず、その足をギルドの出口に向ける。

 ゴツッ、ゴツッ、とブーツの底を鳴らす重たい音を響かせ、ドアに手を掛けるが、何かを思い出した様に足は止まり、カウンターに座っている赤くひょろりと長い尻尾が跳ねる特徴的な髪型をした女性に、半身だけ振り返る。


「暫くの間宜しく頼む。えー……」


 振り返って声を掛けたはいいものの、名前が思い浮かばなかったのか、ミーシャに捕まっていない左手の指を眉間に当てて考え込むコウキ。

 んー? と思案するが名前が全く出てこない様子のコウキに対し、メルファティナはにっこりと笑顔を浮かべて見せる。

 深い深い青の瞳は瞼の奥に隠れてしまうが、それでも全く魅力を損なわない笑顔を浮かべ、小さく首を傾げてみせる動きに合わせて特徴的な赤い尻尾がぴょこんと跳ねる。


「メルファティナと言いますです」

「そうか。じゃあ、暫くの間宜しく頼むわ、メルファティナ」


 名前を聞いたコウキは、軽く左手を掲げると共に、うっすらと笑みを浮かべる。

 ただの挨拶、そして何気なく呼ばれた自らの名前に、メルファティナは少し瞳を見開き、サッと薄く頬を染める。

 はい! と元気よく答えようと動かした彼女の唇は、しかして、はい……と尻すぼみな小さな声しか出てこなかった。

 それでもしっかりと届いたのか、コウキはうっすらと笑みを浮かべたままドアを開け、後ろ手に左手を上げ、軽く振って出ていく。

 来た時と同じ様に、ブーツの音を三つ響かせて出て行く時、メルファティナの視線が捉えていたのは、じゃあ……と静かに声を掛けて深い青の髪を静かに揺らして出て行くルクセリアでもなく、コウキの腕を捕まえたままメルファティナに振り返って、またねーと手を振るミーシャでもない。

 振り返る事なくドアをくぐり、ミーシャに絡まれながらもルクセリアと話をしつつ、重たいブーツの音を鳴らして歩く、メルファティナと名前を読んだコウキだけを、その深い深い青の瞳で捉えていた。




「…………ぷはっ、はふぅ~、名前呼ばれた時ちょっとドキッとしちゃいましたです」


 コウキ達がギルドから出て行った瞬間、メルファティナは全身の力を抜き、ぐったりと丸椅子に座り込んだまま上体をカウンターに投げ出す。

 真面目で有能と言う評価で通っているメルファティナにしては珍しい光景ではあるが、明らかに濃すぎるメンバーを前にすればこうなるのも仕方がないのかもしれない。

 少し火照った様に赤くなった頬を、木製のカウンターにぺちゃりと押し付ける。

 ひんやりしていて気持いい、と思う頭の中で思い出すのは、やはり先程の吃驚仰天の塊の様なメンバーだ。


 傭兵の中で知らない者はまず居ないとされる、ベテラン中のベテラン、ルクセリア・ケッフェンヘルト。

 既に傭兵になってから一五年以上経つというのに、そのランクは未だSランクから落ちてはいない。

 数は少ないがニベルに存在する地竜と水竜を単体で倒せる程の腕前であり、高い技量に裏打ちされた確かな実力は、戦闘の中でも踊っている様に見えると言う。

 片手のソードが主な武器であり、空中を飛翔し、地上であってもその機動力を惜しみなく発揮できる身体操縦力の高さが、彼女が戦いの中でも踊っている様に見える要因。

 また、実力だけでなく地位も高く、彼女実家は魔族の中でも高名な一族らしく、六柱魔家の一柱である。


 魔法騎士団現団長に次ぐ才能を持っているとされ、ローデンハルト国民の中でも相当な地位と人気を誇る魔法騎士団団員、ミーシャ。

 エルフ族の中で入団を許された最年少の女性であり、ほぼ確実な事実として彼女以降エルフ最年少の入団はないとされている。

 明るい性格と美しい容姿、そして高い実力から、人気だけならば団長すらも凌ぐ程。

 魔法と超近距離戦闘が彼女の真骨頂であり、戦闘中に浮かべる冷徹な空色の瞳で敵を補足し、血飛沫の中を駆ける彼女は、正しく悪鬼と呼ぶに相応しい。

 金色の髪を血で染め、戦場を駆ける彼女を知っている者は、出来る限り彼女との戦闘訓練を拒む者が多いともっぱらの噂だ。


「ここまでは……いえ、いきなり来られると驚くですけど、納得は出来るです。問題は……」


 そう、問題は最後の一人。

 唐突と言ってもいいタイミングで現れ、今まで特に名も聞かなかったにも拘わらず、ヘヴィバイドを討伐する実力を持っていると思われる男。

 コウキと言う名の高名な剣士が居るなどと言う噂など、全くもって聞いていない上に、討伐記録もヘヴィバイド一体のみ。

 高名な剣士で傭兵以前に魔獣討伐等の活動をしていたとすれば、おかしな記録である。

 潜在魔力はその人自身がその年齢までに経験してきた全てを刻み込んでいる。

 故に、それ以前に魔獣などを討伐していれば、その記録もきっちりと記録されているはずであり、それがないと言う事はつまり……。


「初討伐の魔獣がヘヴィバイド……って事です」


 もぞもぞと体を動かし、カウンターにくっつける部分を頬から額へと移行。

 メルファティナの視界が木材でいっぱいになり、視界が塞がったメルファティナには、ぺにゃりとカウンターの上に力なく垂れた頭部右上から生える赤色の長い尻尾に、男性達がほんわりとしている事実など見えてはいない。

 それよりも考えるのはコウキの事である。


 実力は完全に未知数。

 どういった風に戦場を駆けるのか、何を武器として使うのか、その一切が不明。

 特徴は無いが、ぼんやりと印象に残る黒い髪に、形の整った細めの黒い眉、少し日焼けした肌で形成されたシャープな輪郭に、高く筋の通った鼻、男性的な薄い唇。

 そしてなにより印象に残る黒く光る鋭い瞳。

 もし、戦場であの瞳に射抜かれれば、何人も動く事が出来ないのではないか? メルファティナはそう考える。


「少なくとも私は動く自信がないです……」


 怖くもあり、頼もしくもある鋭く光る黒の瞳。

 それに射抜かれる事を想像したのか、メルファティナは小さく身を震わせる。

 しかし、ギルド内で見た瞳には、とにかく面倒臭そうな感情しか宿っておらず、一見すればヘヴィバイドを倒せる程の男とは思えない。

 そう考えれば、メルファティナの口元には小さく笑みが浮かぶ。


「それに……」


 コウキの姿を頭の中で再現。

 鋭く黒い瞳が印象的で、シャープな顔立ち、全体的には細身でありながらも、黒の長袖丈長のズボンとシャツに覆われ、黒の外套を纏う姿からは正確に想像する事は出来ない。

 人族の平均的な身長でありながら、その手足は比較的長く、手は節が目立ちゴツゴツとしており、明らかに武器を長く握っているであろうと想像するのに容易い手をしている。

 そして、低くも軽い言葉を紡ぐ独特な声で名前を呼ばれた事を思い出し、再生されたその声に、サッと薄く頬を染める。

 こうして改めて頭の中でその姿を描けば……。


「それに……ちょっと、カッコイイかもです」


 メルファティナの誰にも聞こえない小さな呟きは、段々と賑わってきたギルド内の喧騒の中に溶けて消えた。

 目がァ!? 目がァ!?

 はいはい、あとがきに登場、あっくすぼんばーです。

 進みおっそいですねぇ、なっがいですねぇ、自分の纏める技術のなさ、そして細かい所が気になる性分、その割に気の利いた表現が出来ない現実に嘆き悲しみ暮れる私です。

 協会は何処か? 私は懺悔すると共に神様に文才を要求しに行きたいです。


 えー、いきなりわけわかめなあとがきでぶっ飛ばしてる私ですが、完全に徹夜明けのテンションです。

 あまり気にしないでください。目が痛い。

 まえがきでちょこちょこ登場していましたが、これからは二次でやってた時みたいにあとがきに登場しようと思います。目が痛い。

 さてさて、今回も三万文字越えちゃって、三万九千文字っていうギリギリのラインで切りました。目が痛い。

 そして目的の所までたどり着けませんでした^^ 目が痛い^^

 そんな事やってるから進行が遅いわけですね? 勿論私は知ってます。目が痛い。


 さて、ではここからは何の関係もない話です。

 私と言えばこれ、意味のない雑談あとがき=私と言うイメージを今まで皆さんに植え付けてきた私です。目が痛い。

 別にそんなイメージないし、イメーシ植えつけるっていうか初見だし、二次しか見る気ねーし、そんな方もいらっしゃるでしょう……。

 しかし敢えて私は言います。

 あとがきで意味のない雑談をするイメージを私は皆さんに植え付けました!(真顔)

 ……よしっ! 掴みはバッチリやれたと思うので雑談開始。むしろ一言だけ放出。

 …………極塩スープと太麺ってカップ麺ウマー!

 以上です! 雑談終了!


 掴みが長かったとか、相変わらず内容がないとか思ったかもしれません。そしてそれは真実です。目が痛い。

 ではでは、今回はここまでです。

 ディスプレイの見過ぎが原因で目がすごく痛いあっくすぼんばーでした!

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