第五話 ルクセリア・ケッフェンヘルト
どうも、こんばんわ、あっくすぼんばーです。
今までちょっと長すぎましたね。
日に日に増えていく文章量を前に、驚愕の表情を浮かべる私です(劇画調)
しかし、私は決断しました。
展開が遅くてもいい、そうだ、短く纏めよう……と、なので一万五千から二万文字くらいで収めようかなと思います。
早速二万文字越えてるのは秘密です^^
明日から本気出す、明日から、だから今日はセーフ^^
日が沈んでからどれほどの時間が経過したのか、月明かりが浮かぶ夜空の下ではいくつもの甲高い金属音が、森の中に木霊している。
幾度も火花を散らせると共に金属音を響かせている原因は、三人の理性と知性ある存在、そして人ならざるものが三体。
鈍重な動きを見せる三体の人ならざるもの、傭兵や騎士団等の戦闘に携わる者達から通称鉄ガメと呼ばれるそれは、強靭な四肢と顎を持ち、そこから繰り出される一撃は人の肉体や武器等容易く破壊する。
小回りが効きにくく、全体的には鈍い動きを見せる鉄ガメだが、金属に包まれた鉄壁の鎧と、そこから繰り出される一瞬の攻撃は正しく驚異の一言だ。
噛み付く為に首を伸ばし、踏み抜く為に四肢を伸ばす。
その度に金属を無理やり引き伸ばす様なバキバキと言う鈍い音が響くが、音の鈍さに反してその効果が及ぶまでは、正しく瞬きの間と言う言葉が相応しい。
バキバキと言う音が鳴った瞬間には、岩が砕ける音が、木を大きく揺らす音が、空気を切り裂き噛み千切る音が聞こえる。
この辺りでの欲に目が眩んだ新米傭兵の死亡率の多くが鉄ガメと言う魔獣が原因だと言われており、それは実際に相対する者から言えば、なるほどと頷き納得するしかない。
鈍重な見た目と全体的な動きに反して、高い戦闘能力を有している魔獣である事は否定出来ない。
しかし、驚異的な戦闘能力を持つ鉄ガメに相対しているのは、普通とはとても言えない者達だったのが、鉄ガメ達にとって最大の不幸だった。
金色の長く豊かで、月下の中でも眩しく輝く美しい髪を持つエルフの女性は、大きな空色の瞳と形の整った細めの眉を一つも動かす事なく風の様に駆ける。
首を伸ばした時には正面にその姿は既になく、ならばと四肢で踏み抜く様に動いた時には鉄ガメの甲羅に取り付き、手に持つナイフを翻し、正確に鉄ガメの体を覆う金属と金属の間を貫く。
それによって苦悶の悲鳴を上げる鉄ガメの大きな動きによって振り落とされる前に手を離し、動きに逆らわないだけでなく動きを利用して大きく跳躍し、着地と同時に黒のローブに包まれた重たげな胸元がゆさりと揺れる。
立ち上がった時には横長の耳が周囲の音を拾い上げる様にぴくりと動き、同時にしなやかな脚を蹴り出し、その場から離脱。
ナイフの短所であるリーチの短さを、風の様に駆ける動きと、一所に留まらない判断力で上手く潰し、相手の距離である接近戦では相手にせず、自らの距離である超近距離でのみ相手をする。
正に鉄ガメを封じ込めるような戦いをする者――。
暗い森の中でこそ光り輝く切れ長の金眼を鉄ガメの動きから離す事なく、鉄ガメが攻撃の動きを見せた瞬間にゆらりと宙に舞う木の葉の様に動く。
ガチン! と大きな音が鳴った時には鉄ガメの目の前に居た筈の美女の姿はなく、ただ鉄ガメが認識していた筈の姿が蜃気楼の様に消えていく。
彼女の姿が鉄ガメの牙によって蜃気楼の如く消え去った時には、その軽やかな足音は鉄ガメにすぐ隣から突如発生し、それに反応するには鉄ガメの動きは致命的なまでに遅い。
鉄ガメのぎょろりと濁った瞳が足音の方へ向けられた時には、薄ぼんやりとした紫の頼りない光が怪しい残光と共に、熱したナイフでバターを斬っているかの如く金属塊で形成された鎧の間へと入っていく。
そして切り裂かれた間から魔獣の証である毒々しいまでの濁った赤い血が吹き出し、同時に彼女が持つ大きな翼が右側だけバサリと大きく羽ばたく。
羽ばたいた瞬間には、またしても彼女の姿がゆらりと鉄ガメの視界から木の葉の様に離れていく。
鉄ガメの周りを迂回する様に後ろへ回った彼女は、またバサリと翼を羽ばたかせ、足音も立てずに着地。
着地の僅かな衝撃で、伸縮性を自慢としている衣服の限界を確かめるかの如く、胸元が伸ばされている衣服の中で、今にもその耐久値が限界を迎えそうな程に豊かな胸元がたわんで弾む。
タンッと言う軽い音と共に、彼女の脚は軽やかに背後から鉄ガメとの距離を詰める。
無論、後ろに目があるわけではない鉄ガメには何が起こっているのかわからないが、うっすらと笑みを浮かべた彼女が右腕を翻せば、鉄ガメの小さな尻尾から舞い散るのは濁った赤色の液体。
笑みを浮かべたまま翼を羽ばたかせる彼女は、ふわりと宙へ舞い上がり、月を背にして浮かび上がる。
鉄ガメがそちらを向いた時には、ロングソードに付着した血を無造作に振り払う彼女の姿。
翼を羽ばたかせて空中に静止し、月光を背に浴びて少しの逆光の中でうっすらと笑みを浮かべる金色の瞳があった。
翼をバサリと羽ばたかせ、空中に浮かぶ彼女の金色の瞳が、睨み上げてくる鉄ガメを見下ろしているが、興味を失ったかの様にきょろりと周辺を見渡す。
視界に入ってくるのは動く度にふわりと舞い、よく目立つ金色の髪と、月光があるからこそ、暗い森の中でその姿を見つける事が出来る黒の髪。
金色の瞳は風の様に舞う金色の髪を持ったエルフ、ミーシャへと向ける。
ミーシャと相対する鉄ガメは、金の瞳を持つ彼女――ルクセリアの目から見ればもう長くない。
いくらもしない内に決着がつく事は明らかで、ミーシャが舞う度に広がっている血の海が、更にその広さを増していく。
そして、ルクセリアの瞳はミーシャから視線を外す。
そもそも彼女が興味を持ったのはミーシャではない。
魔法騎士団に所属するものならば、鉄ガメ――ヘヴィバイドなど相手にならない事は既に明白。
信頼であると同時に常識でもある事実は、ルクセリアから興味を失わせるには十分であり、彼女の興味は甲高い金属音がひっきり無しに響き渡り、小規模な爆発に思える程に手に持つカタナから火花を散らしている黒髪の男へと向けられている。
「面白いと思ったんだけど……気のせいだったかしら?」
艶と張りのある青い肌を月光に晒し、金色の瞳で黒髪の男――コウキを捉えるルクセリアだが、期待外れとでも言う様に首を傾げてみせる。
通常、鉄ガメに対して接近武器で戦う場合、鈍器だと素材も同時に砕いてしまうが故に、素材を求めている場合、刀剣類が好ましいとされる。
それでも相当に高い技量を要求され、基本的な戦法は金属と金属の間に刃を刺し込んでの失血死を狙う持久戦が基本となっている。
集中力と技量が物を言う戦法だが、刀剣類で戦う場合にはそれ以外には目立った戦法は確立されていない。
高い硬度を誇るその金属塊の鎧は馬鹿に出来ず、その鎧を斬ったと言う者等、世界を見渡してもそう多くはない。
コウキの戦い方は、明らかにその常識を分かってはいない。
ルクセリアの目から見たコウキは、速さも力も我流ではあるが技量も十分。だと言うのに魔獣の知識や戦い方が欠如している様にすら見える。
金属の鎧の上から打ち付けられる刃は通る事なく、火花を散らして何事もなかったかの様に鉄ガメは行動を開始する。
首を瞬間的に伸ばし、大きく開いたアギトを勢いよく閉じる。
しかし、コウキに当たる事はなく、ギリギリで体をずらしたのか、ガチンと言う音と共に外套の一部が破れ、鉄ガメの口の中へと持っていかれる。
ぎらりと輝く黒の瞳が月光の反射による残光を引き、幾つかの爆発音とすら思える音と共にコウキの姿が忽然と姿を消す。
その速度はルクセリアの金色に光る瞳でも追いきれないほどの速度であり、そこは素直に舌を巻くものではある。
しかし――。
「まぁ、私もあの魔法騎士団の子ももう少しで終わりそうだし、終わったら手伝ってあげましょうか」
軽く肩を竦め、自らの見る目が随分と落ちている事にルクセリア自身が呆れ、ため息を一つ吐くと、バサリと大きく翼を鳴らし、未だ地上でルクセリアを睨みつける鉄ガメへ向けて急降下。
しかし、上空から見ていた故か、それは分からないが、ルクセリアが急降下を開始した時には、コウキの表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
行動を開始したルクセリアには、その事実を知る術はなく、ただ素材は山分けではなく七対三が妥当であると頭の中で決定を下す事しか出来なかった。
「ふぅん……硬てぇな」
ぼそりと低く呟いたコウキは、カタナを持った右手と共に左手をカタナの峰に軽く当て、だらりと両腕を垂らして鉄ガメを見据えている。
ミーシャがいの一番に飛び出していったのを合図として、ルクセリアとコウキも戦闘を開始したのだが、コウキは始まってからと言うもの、ただ愚直なまでにカタナを振り下ろすだけ。
無論、愚直とは言っても、闇雲に考えなしに振るっていた訳ではない。
刃を振り下ろす角度を探り、同じ場所を何度も斬り付けてみたり、破砕点を探る様に突きを繰り出してみたり、試行錯誤で如何にして目の前の魔獣を斬るかと言うのを試していた。
ミーシャやルクセリアがやっているのを見て、それを真似るのが普通だと言う事は、既にコウキも理解出来ている筈である。
家に存在してた書物を読み漁り、己の体で実践し、時折通る傭兵から聞く話を元にして、それも己の体で実践していたコウキである。
その様な人物が他人のやっている事を真似するのは恥ずかしいだとか、わからないだとか言う訳はないし、その様な精神をコウキと言う男は全く持ち合わせていない。
有用な事は吸収し、己の力になる話は大人しく聞き、実践してみる。
そのスタンスでコウキは自らの戦い方のスタンスを確立してきたのだから、今更と言う事である。
そんなコウキがミーシャやルクセリアの戦い方を真似しない訳、それはもう明らかで……。
「多分斬れると思うんだがなぁ……」
と言う事である。
実際、細かい刀傷は金属の表面についている事と、コウキ自身が斬った感触としては斬れないと言う答えは出なかった。
しかし、それを実行出来ない差し当たっての問題に、コウキは視線を向ける。
鋭い瞳が見たのは、己の右手にあるカタナの刃。
そこには、鞘から抜き放った時の様な、美しく鈍い光を放つ研ぎ澄まされた刃はどこにもない。
所々が不格好に欠けており、それに切断力を求めるのは明らかな間違いだと断言出来るボロボロの刃がそこにあった。
月光すらも反射していた輝きはそこにはなく、己の欠けた刃で付いた傷、硬い物を斬りつけた時に強固さで負けた故のヒビ、散らされる火花に含まれた鉄粉等の金属粉。
曇りに曇った刃が、コウキの瞳にはしっかりと見えていた。
苦笑を浮かべて肩を竦めるコウキだが、その表情には諦めも絶望も存在してはいない。
刃に向けていた視線を鉄ガメに移し、猫背気味になっていた状態をゆっくりと起こす。
鉄ガメは魔獣であり、知性などない筈だが、本能的に目の前にいるコウキは自らの敵ではないと判断したのか、その動きは明らかに普段の動きよりも鈍重なものであり、余裕すら感じる。
つまりそれはコウキを自らよりも格下と判断したに等しく、敵を見る目ではなく弱者をいたぶる目になっているのではないか、そう感じる程にコウキに対して余裕を見せつけている。
地面に存在する小石を砕き、鈍重な体で小さく地響きのような音を鳴らし、ゆっくりゆっくりとコウキへと近づいていく鉄ガメを前に、やはり肩を竦めてため息を吐いてみせる。
「こいつじゃあ無理くさいな……まぁ、銘無しのなまくらと言えばなまくらだしな……」
瞳を軽く閉じ、やれやれと首を振っていたコウキが瞳を開き、ゆっくりゆっくりと歩いてくる鉄ガメを視界に入れた時には、既にその顔にはにやりと笑みが浮かんでいた。
左手を峰から外し、カシャリとボロボロになったカタナを右肩に担いでみせるコウキは、鋭く妖しく笑みを浮かべた瞳でもって鉄ガメを貫く。
無論、そんな物で空気が変わった事を感じ取り、動きを止める程の理性と知性など、鉄ガメは持ち合わせていない。
結果的には……それが鉄ガメの不幸だったのだろう。
「短いけどな、もう幕引きらしいわ」
笑みを浮かべたまま、そう軽く言ったコウキの足元から衝撃音と砂塵が舞い上がる。
同時に姿を消したコウキはいくつもの衝撃音を伴い、鉄ガメへと肉迫する。
コウキの鋭い瞳は、月光を伴った残光を引きつつも、しっかりとその速度の中で鉄ガメの姿を捉えている。
しかし、金属の鎧を纏う鉄ガメは、その速度を追いきれてはいない。だと言うのに焦った様子も警戒する様子もなく、ただじっとコウキの攻撃を待っている様子の鉄ガメは、やはり余裕を持っているのだろう。
動く様子のない鉄ガメの右側から衝撃音と共に超接近したコウキは、左手を握り込み、超低姿勢から突き上げるイメージで甲羅の裏側、つまりは鉄ガメの腹部を打ち上げる。
超低空から振られた拳は、手の甲で地面を抉る様にして繰り出され、装着している手甲と地面が接触しているのか、飛石が金属に幾度も当たる小さな音が響いている。
音なき空気のうねりと共に繰り出された拳は、確かに鉄ガメの腹部に打ち込まれ、今までとは違った超低空からの大きな衝撃に、鉄ガメの四つある内二本の足がふわりと地面から浮き上がる。
しかし、ただバランスを崩しただけなのか、その状態は長くは続かず、転倒する気配もない。
抜群の安定感と重量をもって、二本の足が元の位置に戻る頃には、当然コウキの姿はそこにはない。
鉄ガメの体が浮き上がった瞬間には、コウキの左手は鉄ガメの甲羅に存在する金属塊の一つを掴んでおり、そこを支点として、甲羅の上に逆立ちする様にして自らの体を移動させる。
そのまま鉄ガメの正面へと音もなく着地したコウキは、体をバネが縮む様に限界まで沈みこませる。
体勢を立て直している鉄ガメへ向けて、にやりと笑みを浮かべて見せる。
鈍重で高硬度な鎧を持つが、知性と理性を持たない存在は、そこでようやく自らの死を本能的に悟ったのか、正面にいるコウキへ向けて大きく開けたアギトを伸ばす。
バキバキと金属が無理やり引き伸ばされる音を、確かに耳へと入れつつも、笑みを浮かべたコウキの薄い唇が動き、ぼそりと言葉を紡ぎ出す。
「じゃあな、中々為になった」
そして、鉄ガメに訪れた死への時間はまさに一瞬。
沈み込んだコウキの体が、ぐんっとバネの様に伸び上がると同時に、足首から繋がる関節を連動させつつ回転。
伸び上がった先にはカタナを持った右手が存在し、全ての回転を一点に受けた右手首が、最後の回転となって伝わり、それは掌底の形をとった掌に押し付けられたカタナの柄尻へと伝わる。
空気の流れを視覚化出来る様なダストがもしこの世界にあれば、螺旋状に空気を巻き込みながら伸びる刀身が大気の壁を貫いている姿が見えただろう。
うっすらと笑みを浮かべ、掌からカタナを射出する様に突き出された切っ先と、コウキを噛み殺すためにアギトを大きく開き突き出した鉄ガメの頭が――衝突。
衝撃音――。
破砕音――。
そのどちらもが、篭った様な小さくも腹に響く重たい音を響かせる。
既に鉄ガメの瞳に光はなく、ずるりと巨体が地へと腹を着ける音と共に、甲高い音が響き渡り、曇りに曇っていたカタナの刀身が粉々に砕け散る。
きらきらと破片を舞い散らせ、チラチラと月光を反射する姿が、今まで付き合ってきたカタナの最後となった。
コウキは柄だけになったカタナを視界に入れるが、はばきが残っている事を確認すると、刀身の無くなった柄を鞘へと押し込む。
「まぁ、あっちももう終わるだろ……」
チラリと戦いも終盤へ移行している二つの戦場を一瞥すると、軽く地面を蹴り、ふわりと浮いたコウキの体は鉄ガメの甲羅の上へと持ち上げられ、音もなく着地。
正面から鉄ガメの甲羅の上へと登ったコウキの視界に入ったのは、鉄ガメの背後にある光景である。
しかし、そこは明らかに先程までの光景とは違う箇所が存在した。
不規則に自生していた筈の雑草が一本残らず吹き飛んで背後に舞い散っており、小石混じりの砂地だった地面には、いくつも細い線が鉄ガメの背後を支点として放射線状に描かれている。
放射線状の線が無数に始まっている鉄ガメの尻尾と思わしき部位の下などは酷く、地面が抉れ、雑草や小石など一つも見当たらない。
そこにあるのは、普通に生活する時に履く簡素な靴が一組丸ごと入りそうな穴だけがポッカリと空いており、他には何も存在しない。
無論この光景は自然に出来た訳ではなく、今まさに鉄ガメの金属塊がびっしりと覆い隠す甲羅の上に座っている男が原因。
外部に目立った破損がない鉄ガメの上に座るコウキは、夜も深まってきた森の中で大欠伸を一つ、ふぁーっと呑気にかましている。
先程まで戦闘をしていた雰囲気ではないが、もう終わった事である。
故にコウキにはもう関係がないし、どうでもいい事だ。
まだ二つの戦闘が残っているが、それはコウキが気にかける程ではなく、傭兵にすらなれていない自分の方を心配して欲しい位だ。等と考える。
しかし、実際の話としてコウキを新米傭兵として扱うのは、コウキと言う男を知っていれば無理がある事だ。
「やぁーっと終わったわ~」
「これ……貴方がやったの?」
コウキが戦闘を終了し、鉄ガメの甲羅の上に座り込んでからいくらもしない内に二つの軽い足音が近づき、同時に女性の声が耳に届く。
当然それはミーシャとルクセリアの物であり、凛としっかり音を立てる鈴の音と透き通る様で上品な弦楽器、そう言い表してもいいと思われる声が両耳に届き、質は違うがどちらも美しく聞き心地の良い声。
勿論、声のみの話であり、そこに乗せられている感情と、それに伴う行動と振る舞いは全く違う。
随所に気だるさを感じさせ、表情も空色の瞳が垂れ下がり、覇気がない。
しかし、豊かで長く金色に輝く髪は、静かな月光の下でも光り輝く太陽の様に躍動感を感じる。
生き生きとし、明るい美しさを振りまきつつも、本人としては全力で気だるさを押し出した雰囲気で歩いている。
唯一暗い森の中で雰囲気に合わせていると言えるのが、彼女の纏う黒のローブだが、それでも彼女自身が持つ明るさに影を落とす事は出来ていない。
その時その時の感情を大事にし、自らの感情を表に出す事がどれだけ大事な事か、それによって感覚的に自らの魅力の引き出し方を心得ているミーシャ。
金属に包まれた甲羅の上に座っているコウキへと近づくミーシャの表情には、驚きも不信感もなく、ただ目の前の光景が当然と言う自然な表情。
対して、ゆったりと、そして優雅に歩く姿にすら何処か気品を感じ、その雰囲気に釣られているのか、腰まで流れる様に伸ばされた深い青の髪も、弾むようにではなく、ふわり、ゆらりと余裕を持っている様に揺れている。
伸縮性が高く短い丈のシャツに、太ももの半ば程のぴっちりとした短パン、恐らく魔獣の皮で作られているであろう編み上げのロングブーツ、そしてこれも魔獣の皮で作られていると思われる灰色のロングコート。
普通のロングコートとは違い、腰から生える大きな翼の自由度を上げる為か、コートの背面には裾から翼が存在する辺りまで大きく切り込みが入っている。
特徴的なロングコートであり、服の選び方にも光るものがあるが傭兵や旅人と言った枠は出ない。
それでも彼女の纏う雰囲気は隠しきれず、静かで、余裕があり、優雅さと気品を感じさせる。
光量の弱い月下の下で妖しく映える青い肌を持った美しい顔立ちは、およそ八割の驚きと二割の不信感でもって彩られている。
そして、その感情を乗せた切れ長の猫目を彷彿とさせる金眼が向けられているのは、当然甲羅の上に腰掛けるコウキである。
対照的な感情を浮かべ、紡ぐ言葉の方向性もバラバラの二人に向けて、肩を竦めてみせる。
しかし、自らに問いかけられた事は自覚しているのか、コウキの特徴として上げられる鋭く黒い瞳をルクセリアへと向ける。
「その質問に関しては、俺以外誰がいるんだ? と返しておくか」
「でもさっきは確かに……」
少しばかり茶化す様なコウキの低いが軽い声に、ルクセリアの眉は訝しげに歪められる。
コウキがこの光景を作り出したと俄かには信じがたい。そう言っているのがよくわかる表情をしている。
甲羅の上に座るコウキを見る切れ長の瞳に、ますます不信感が宿るが、コウキは全く気にしていない様に肩を竦めて見せるだけ。
しかし、ルクセリアの言葉への否定はコウキではなく、呆れたような声音で言葉を紡ぐミーシャの口から飛び出てくる。
「そんなの、お遊びか普通の人ならまず考えつかないような事を思いついて試しただけに決まってるわよ。この程度にコーが苦戦するなんて、酔いどれてる低ランク傭兵の方がまだ面白い冗談が言えるわ」
如何にもどうでもよさそうに呆れた声を上げるミーシャだが、それは彼女がその事実を身をもって知っているからで、ルクセリアにとってコウキは全くの初対面。
いくら魔法騎士団に所属するミーシャが言った所で、コウキとミーシャは誰が見ても知り合いか、それ以上の関係に見えるのは容易であり、そう言った意見は不信感を払拭する場合には受け入れられにくいものだ。
この場合も同様で、ミーシャの言葉を聞いても、ルクセリアがコウキへと向ける不信の瞳が緩まる事はない。
相変わらずの視線に苦笑を浮かべて見せるコウキだが、今はそれよりもこの場を片付ける事が勝ったらしい。
「話は後でするからよ、さっさと解体して野営地に行こうぜ」
「……まぁ、いいわ」
ルクセリアはコウキが倒したという鉄ガメを一瞥する。
目立った破損箇所はなく、出血も少ない。
しかし、鉄ガメは動く気配はなく、瞳にも完全に光はなく、死んでいる事は疑うべくもない。
パッと見では死因は不明であり、それを作り出したというコウキと言う男の実態が不明瞭だと言うのも、ルクセリアが感じる不信感に拍車をかけているのだろう。
コウキの言葉に静かに従い、深い青の髪をゆらりと揺らす彼女は、瞳に浮かべる光をそのままに、自らが担当した鉄ガメの方へと向かい、解体作業に取り掛かる。
一方、ミーシャはまだ自らが担当した鉄ガメへは向かわず、コウキの姿を楽しそうに空色の瞳で捉えている。
「ね、解体のやり方分かる?」
「昔本で読んだ事がある。父さんと母さんが持ってた本は傭兵や旅に関する本が多かったしな」
「むぅ……知らないなら優しく教えてあげようと思ったのに」
今度から百科事典って呼んでやるわ……等と理不尽極まる言葉を吐きつつ、頬をぷっくりと膨らませたミーシャは、同時に横長の耳も立てて、まさに血の海と呼ぶに相応しい場所に身を沈めている鉄ガメへと歩き出す。
明らかに凄惨とも呼べる光景だが、自らの戦闘スタイルを自覚しているミーシャにとって、それは当たり前の光景なのだろう。
さて……とコウキは一言投げ捨てて甲羅の上から軽く飛び降り、鉄ガメへと向き直る。
ぱんぱんとズボンを叩くのは人の習性なのだろうか、等とどうでもいい考えと共に鉄ガメを見るが、当然動き出す事はなく、瞳に生命の光は宿ってはいない。
おもむろにコウキの手甲を装着した手が伸ばされたのは、甲羅についている金属の塊。
山にセットで生えている樹木の様にそびえ立つそれを掴み取り、そのまま引き抜く。
畑から根菜を引き抜くような感触と共に、金属の塊がすっぽりと甲羅から抜け落ち、その金属塊はコウキの手の中で鈍く光を放っている。
生物には皆何かしらの見えない力が宿っていると言われており、それが魔力なのか魔素なのか、はたまた存在が怪しい気と呼ばれる生命力なのか……。
詳しい事は明らかになってはいないが、それでも生命力が失われた生物は、途端に脆くなる事が証明されており、鉄ガメの身に起きたこの現象もそれ故だ。
魔力なのか魔素なのか生命力なのか、それは分からないが、鉄ガメが生きている時は、目に見えない何かしらの繋がりが金属塊と鉄ガメの身にあり、外れる事はない。
しかし、生命が失われれば、その繋がりもなくなり、甲羅や四肢に纏われている金属塊は、手で簡単に取り出す事が可能となる。
勿論、甲羅や皮、鱗等はナイフ等の小さな刃物で地道に解体する作業が必要だが、金属塊に関してはこれで取り出せるのだ。
鉄ガメの肉は取れる量も少ない上に、そもそも人族達には食べられる物ではない故に森の中に置いて行く。
甲羅や皮、鱗は、その巨体に見合う量が取れる上、装備品の素材にも使える為、傭兵ギルドで高く買い取ってくれる。
鍛冶師などの加工職人と繋がりがあるのならば、ギルドに申請する事でその素材を持ち込んで加工を依頼する事も可能。
しかし、加工以外で個人売買する事は認められていない上に、ギルドに買ってもらった方が安全に取引が出来る。
更に身元や素材の出処が保証されている為、結果的に加工職人達からの信頼も間接的に得る事が出来る。
故に、滅多に素材を個人売買で売り込む者は居ないのだが……魔法道具とは違い、こちらは完全な法整備がまだ整っていないため、毎年そこそこの検挙数が上がっている。
瞬く間に解体された鉄ガメの素材を目の前にずらりと並べ、にんまりと満足そうに笑みを浮かべるコウキの瞳は、特に金属塊へ向けられている。
鉄ガメの中でも、最も多く取れる素材であり、その用途は主に武器や防具の製造に使われる。
しかし、鉄ガメを楽に倒せる傭兵など、この辺りではそういない。
丈夫且つ、鉄や鋼等よりも少し軽めの金属である鉄ガメの金属塊は、そういった事情もあり、需要はあるのだが供給量が少ない。
ギルドの方でも常に高値で売れる素材の一つだ。
「こんだけありゃあ、カタナ一本打つくらいどうって事ないだろ」
「お釣りがくるわよ。防具も作ってもらったら?」
「重いのはちっとなー……出来ればルクセリアの着てるコートみたいな感じが一番いい」
「え、私の? これ特注って言ってもいいものよ? 一応竜種の皮で作ってもらったものだもの」
「……ま、マジ?」
解体が終わったのか、ミーシャとルクセリアも素材を布に包み、それらを引っさげてコウキへと近寄る。
金属製の重い防具を纏う事を嫌うコウキが、ミーシャの言葉に対して鋭い瞳をルクセリアに向ける。
理想はルクセリアの着ているコートの様に、丈夫且つ軽く動きを阻害しにくい物が理想の様だが、それに対して難しい表情を浮かべるルクセリアは、頬に右の人差し指を当て、思い出す様に言葉を紡ぐ。
コートの素材を思い出す様に語るルクセリアの言葉に、ミーシャが開いた口が塞がらないを実践しているかの様に驚き、呆然とした声を上げる。
竜種という存在は、理性も知性も存在していないが、身体的特徴が龍族に非常に近い特徴を持つ魔獣である。
当然、その様な特徴を持つ魔獣は強力な個体が多いのは疑うべくもない。
大きく分ければ、空を飛ぶ飛竜、地上を徘徊する地竜、水の中を泳ぐ水竜と分けられ、それぞれが高い適応力も持ち合わせている。
住む地域、食性によって、色が違ったり攻撃方法が違う物が多く、一括りに飛竜や地竜と言っても様々な形態が存在する。
そして、この大陸には竜種が存在する地域は殆どない。
ローデンハルトとは真逆の方角にあるニベルと言う国に地竜と水竜が僅かに確認されており、それ以外にこの大陸では竜種は存在していない。
そして、そこでミーシャの横長の耳が何かを思い出した様に、ぴこんと一度大きく跳ね上がり、緊張した様にぐぐっと力が入る。
恐る恐る口に出したミーシャの震える声に、ルクセリアは静かに微笑みを浮かべるのだ。
「灰色の竜種のコート……魔族、女性、美人、強い……え、待って、ルクセリアってあのルクセリア?」
「どのルクセリアかは知らないけれど、多分貴女の思うルクセリアが私じゃないかしら」
「ルクセリア・ケッフェンヘルト……様?」
そうよ? と静かに笑いながら答えた彼女に、ミーシャは必死の形相で、コウキの肩に掴みかかる。
しかし、無論コウキにとってその名前がどれ程の価値があるのかは理解出来ない。
ミーシャの様子を見る限り、相当な事の様だが、それを知らないコウキは、ただ軽く首を傾げて見せるだけだ。
「コー、この人すんごい人だったわ……」
「ふーん」
「何でそんなに普通なの! 人族で言う所の貴族にあたる人なのよ!?」
「ふーん……そんな奴が何でこんな所にいるんだ?」
「面白い事がないか、あちこち歩き回ってるのよ」
「なるほどな、気持ちはわかるし、納得もした。妙に上品過ぎるんだよな、アンタ」
全く動じておらず、不遜とも言える態度で納得を重ねるコウキに、ひぃぃぃぃっ! と頭を抱えて座り込むミーシャだが、当然そんな彼女に態々構うコウキではない。
鋭く黒い瞳は、うっすらと笑みの形に歪められ、月光の下で妖しく光り輝く金色の瞳を見据えている。
ルクセリアはルクセリアで、全く動じる様子のないコウキに、興味が再燃したのか、切れ長の金色の猫目には、先程まであった不信感は殆どなくなっている。
ただコウキと言う男を測りかねているのか、ふわりとした微笑みでもってその視線を受け止めている。
青い肌を持ちつつも、うっすらとピンク色に血色帯びた小さな唇が開き、奏でた言葉は当然ながらコウキと言う男に関しての興味を隠そうともしない言葉だ。
「まぁ、私の事なんてどうでもいいと思うわ。それより、私は貴方の事が知りたいわ」
静かに笑みを浮かべつつも、切れ長の目を細めて見せるルクセリアは、魔族に備わる特有の妖しい魅力に満ちている。
艶やかで、妖しく、闇へと誘うような魅力に対して、コウキは静かに口角を釣り上げて見せる事で応えるが、言葉よりも体が先に動く。
表情を戻したコウキは、何事もなかったかの様に解体した鉄ガメの素材を、大きな甲羅へと無造作に詰め込んでいく。
金属塊、皮、鱗、牙……素材になるものは全て甲羅へと投げ入れていくコウキを見て、ルクセリアは呆れ半分驚き半分といった表情を見せるが、ルクセリアがどんな表情をしようと、コウキには関係がない。
勿論、未だに頭を抱えて唸っているミーシャにも関係はない。
どうしようどうしよう等と言いつつも、結局やっている事を見れば、方向性は違えどコウキとミーシャの行動にさしたる違いはない。
コウキは元々気にしておらず、ミーシャも無意識的にかもしれないが、貴族に見せる行動ではない。
「取り敢えず、野営場所に行くか。話はそれからにしようぜ」
「ヘヴィバイドの素材をそんな乱雑に扱う人初めて見たわ……」
「致命的な破損がなきゃ素材なんて皆一緒だろ」
呆れたような声を上げるルクセリアに対して、カッカッカと笑い声を上げるコウキ。
確かに間違ってはいないが、素材の価値故に、乱雑に扱う者が少ないのも確かな事であり、この場合コウキは明らかな少数派である。
ミーシャもルクセリアも、布に包み、部位毎に分けて保存している。
牙等はそう大きなものでもない故に、布に包んで道具袋へ仕舞いこみ、鱗や皮、金属塊は大きい上に数も多い事から、結局コウキと同じ様に甲羅の中に入れている。
しかし、甲羅もしっかりと布に包まれており、決して乱雑になど扱われてはいない。
甲羅の中へと適当に素材を投げ入れ終えたコウキは、片手で巨大な甲羅を担ぎ上げ、がしゃがしゃと素材同士が鳴らす音にも気を止めず、ミーシャへと声を掛ける。
「おいミーシャ! いつまであうあう言ってる気だ。行くぞ」
「あぅあぅ……えっ? あ、待って待って! 今用意するから!」
コウキの声に、はっと顔を上げたミーシャは、空色の瞳で素材を担ぎ上げているコウキを認め、わたわたと布に包まった甲羅を、更に大きな布で包み込み、風呂敷状にして片手で結び目を持ち上げる。
ミーシャがコウキの声で状況を把握し終えた時には、既にルクセリアはミーシャと同じようにして素材を纏め終えており、一人さっさと森の中へ歩みを進めていた。
コウキ達が向かう方向とは少しずれているが、夜も更けた木々の間へと姿を消す直前、ルクセリアは深い青の髪をふわりと翻し、半身だけコウキ達へと振り返る。
やはりうっすらと笑みを浮かべている彼女の姿は、夜が似合う種族である事をひしひしと感じさせる。
「ちょっと私の荷物を取ってくるわ、貴方達の野営場所にお邪魔させてもらうから、火は絶やさないでおいてくれると助かるわね」
それだけ言って、静かに森の中へと姿を消す。
暗闇の中に溶ける様にして姿を消した彼女に、コウキは苦笑を浮かべて小さくため息を吐くが、その表情には不快感も不信感も感じてはいない。
ただ、ルクセリアの興味深そうな切れ長の瞳に、色々と聞かれそうだな……と小さく呟き空に浮かぶ月を見上げ、また面倒臭気にため息を吐くだけだった……。
ミーシャを伴い、野営場所へと戻ったコウキは、まず火が完全に消えている事を確認し、残っていた枝を使って再度火を起こす。
そして、火を囲んで座っていたミーシャとコウキにルクセリアが合流し、人数も増えたのだが、荷物も大きく増えていた。
人力で引く事を前提とした比較的大きな木製の荷車が置いてあり、その上には三人が倒し、解体した鉄ガメの素材が乗せられている。
コウキのずた袋とミーシャの鞄が並べられていた横に、収納スペースが多く存在していそうな肩から下げるタイプのカバンが置かれており、そこに簡素な鞘に入れられたルクセリアのロングソードが立てかけられている。
当のルクセリアは、パチパチと火の粉を舞い散らせる炎を挟んで、コウキと対峙し合っている。
切れ長の金色の猫目をコウキへと真っ直ぐ向け、それをコウキも面倒臭そうにだが、受け止めている。
ミーシャはコウキが持ってきた毛布に包まり、コウキとルクセリアの間に座っており、二人の雰囲気を見守っている。
口を出す気がないのか、まだ残っている干し肉をコウキにねだり、それを焚き火で炙った物をもごもごと口の中に入れ、一人呑気に夜食を敢行。
美味しいのか、ぴこぴこと揺れている横長の耳が何とも言えない雰囲気を作り出しているが、それはルクセリアも同じで、横長の青い肌を持つ耳が、不規則なリズムで動きを見せる。
「じゃ、色々聞かせて欲しいのだけど……そうね、まずはどうやって鉄ガメを倒したのか、ね」
「別に普通に倒した。斬れると思ったんだがな、得物がついて来なくてな、急遽内部破壊で倒す事にしただけだ」
ミーシャの様子を見て、自らも食べたくなったのか、干し肉を取り出し、小さなナイフの先へ突き刺して炙り始めるコウキだが、その口調は何の含みもない至って普通の口調。
視線で、お前もいるか? と言う疑問をルクセリアに投げかける程に普通であるが、それを聞いたルクセリアは少し驚いたのか、切れ長の瞳を見開きながらも、目線での質問に静かに頷いてみせる。
ルクセリアの返答を受け取ったコウキは、ずた袋を引き寄せ、中から布に包まれた干し肉を引き出し、一枚無造作に引き抜いてルクセリアへと軽く投げ渡す。
宙を舞う干し肉を危なげなく受け取ったルクセリアの表情は、まだ少し驚いているような表情であり、そこから出てくる言葉もまた、恐る恐ると言わんばかりの声。
「貴方、衝術が使えるの?」
「衝術って言うのかこれ、体にある関節の回転を衝撃に変えたりするんだが」
「多分、間違いないと思うわ……って言うか知らなかったの?」
「知らん。武術の指南書とか傭兵が体を動かす時の話を聞いて、色々と試した結果出来上がったんだ。まぁ、あのカメが予想以上に硬くて、結果的に内部破壊になったって言った方が正しいがな」
炙った干し肉を齧りつつ、本当なら鉄も貫くんだがな、等と言葉を発したコウキの隣から、ぶふぅ! と食べた干し肉の破片を撒き散らす音が聞こえ、その瞬間コウキとルクセリアは同時に立ち上がる。
無論、干し肉の破片を流星群の様に射出したのはミーシャであり、咽せたのか、けほっけほっと咳を繰り返す彼女が、じろりとコウキへ睨み上げる様に空色の瞳を向ける。
睨まれた本人は、うわ! きたねぇ! 等と言いつつ、服に若干付いた干し肉の破片を叩き落としている。
ミーシャが思わず吹き出した物をばたばたと叩き落すコウキに対して、むぅっと膨れ上がりつつも、彼女の口から飛び出るのはそれに対しての非難ではない。
もっと重要な事だ。
「コー、私に使ったのって、それよね?」
「だから何だよ、カタナなかったし、ダストも目覚めてなかった。それにお前はダスト目覚めてんだから体の中も丈夫だしな、別に問題なかっただろうが」
「だとしても怖いものは怖いわよ! 内部破壊技とか普通に打ち込まないでよ!」
「そうでもしないと気絶しないだろうが……」
ウギー! と食ってかかるミーシャに対し、特に悪気も感じていないコウキは、もう一度座りなおす。
しかし、ルクセリアはコウキと同じ様に座り直しつつも、コウキと同じく平静に、とはいかなかったのか、切れ長の目元がひくひくと引き攣っている。
実際の話ルクセリアの反応は正常なものである
コウキとミーシャは誰から見ても仲がいいと思わせるには十分。
友人かそれともそれ以上か、そこまでは分からないが親しいと感じさせる間柄であるのに、当たれば明らかに必殺と言ってもおかしくない一撃を打ち込んだと言うのだ。
更に言ってしまえば、男が女に打ち込んだと言うのだから、どう考えてもルクセリアの反応は正しいものである。
衝術を普通の人に使う光景を想像してしまったのか、ルクセリアの青い長耳は、しゅんと垂れ下がってしまっている。
しかし、ルクセリアにとって真に驚いたのはそこではない。
本で読み、傭兵達に話を聞いて回ったとしても、ほぼ独学で衝術を身につけたと言う事が、何よりも驚愕に値する事だった。
衝術とはスオウのある道場に伝わる武術の一つであり、その効果と技術の概要は公開されているが、基本的にはその道場でしか教える事は許されていない。
それに、外から技を見たとしても、その技術を外から見て盗む事などほぼ不可能である。
体の中で起きている動きによって起きている現象が技なのだから、外から見ただけで関節な細やかな動きや、連動のさせ方等が理解出来るはずもない。
ある意味では、一種の門外不出の業と言ってもいい。
更に言うならば、ルクセリア自身も衝術と言う物があり、内部破壊を可能とする武術はそれ以外は存在しないと言う知識はあれど、それ以上に詳しいわけではない。
そして、コウキが使ったと言っている内部破壊技は、衝術の中でも極めて習得が難しく、有り体に言ってしまえば奥義と言われるものに当たる「徹し」と言われる技である。
「指南書っていうのはスオウにある武術教科書か何かかしら?」
「いや? 大体教科書って言えば学校だか学園だか知らんがそんな所で使われるもんだろ? そんなの高くて買えるかよ。傭兵向けの戦いの心得とか体の動かし方とか旅の心得何かが載ってるやつだ」
教科書と言う言葉が出てきたのも、ルクセリアが社会的地位として高い位置にいるからこそ出てきた言葉であって、コウキからすればそのような物など買えるわけがない。
コウキが言っているのは、傭兵になった際、本人の意思次第で売ってもらえる傭兵の教本のようなもので、基本的な事しか書いていない物を指している。
傭兵になった際に買うならば、何割か割引されるのでお得なのである。
勿論それは、両親から譲り受けた物の一つであり、今となってはトトリの雑貨屋に並んでいる。
個人売買の規制もされないような、傭兵以外の人物でも少し多めの金を出せば誰にでも手に入る物だ。
何言ってんだこいつ? と言わんばかりの視線に、ルクセリアの目元と口元が引き攣るが、それは馬鹿にされているからではなく、あくまで驚嘆によるものだ。
「じゃ、じゃあ、話を聞いた傭兵って言うのはスオウ出身の凄腕とかなのかしら?」
「いや? 普通にローデンハルトの出身ばっかだったな……」
思い出す様に上を見上げ、腕を組みつつ答えたコウキの言葉に、いよいよルクセリアは呆れ果てたらしく、金色の瞳を軽く伏せ、肩を小さく竦める。
始末が負えないと言う雰囲気ながら、彼女の口から出てきたのは呆然と呟いた様な声だった。
畏怖や尊敬と言う物も多少含まれているようにも聞こえる。
「天才って、いる所には本当にいるものなのね……」
呆然と呟いた様なルクセリアの言葉に、はぁ? と首を傾げてみせるコウキだが、彼女はそんなコウキの態度にはもう付き合わない。
自らの価値がどれ程のものなのか、それを正確に理解出来ていないからこそ、ルクセリアの言葉に首を傾げる事が出来るのだ。
天才は自覚がないからこその天才であり、それを自覚した途端に天才ではなくなる。
自覚を持ち、自信を持てば、それは天才ではなく天災か自信過剰か、どちらかの存在になり果てるものだ。
少なくともルクセリアはそう言った存在ではない。
教えられた事を忠実に吸収し、すぐさま実践に持ち込める秀才ではあるが、ルクセリア自身、自分を天才だと思える片鱗すらこれまで感じてこなかった。
しかし、コウキは違う。
自覚がなく、自らがどれほどの事を成したのか理解してはいないが、何十年何百年と掛けて成立した流派の武術を、断片的とは言え独学で追いついたのだ。
これを天才と呼ばすにはいられない。
そして、それは何もコウキだけではない。
先程干し肉を流星群の様に射出し、現在はあんまりと言えばあんまりなコウキの言葉に、横長の耳をしょんぼりと垂れ下げ、いじいじと地面の土をいじっているミーシャもまたその様な人種だ。
昔からずっとミーシャが隣におり、コウキの成長度合いを確かめるのもミーシャであった事もあり、コウキは自らの実力を測る物差しを、最初から間違えているのが、自覚がない原因でもある。
そして、ダストに目覚めなかった三年間の敗北続きの毎日が、コウキから自らの実力がどの程度の物か、正確に測る機会を奪い去ってしまった。
「そう言われてもな……今まで三年間負け続けだったしな……」
「待って、ちょっと待って? 貴方どんな人外魔境から出てきたの?」
「普通の村だ。すぐ近くのトトリ村」
「おかしいわね……私が知る限りそこって、エルフ族最年少の魔法騎士団メンバーを選出した以外特に変わった事はないはずだけど……」
「ダストがなかったしな……あ、後最年少の魔法騎士団抜擢者がそこにいるが」
何事もなかったかの様に、ダストに目覚めていなかった事を明かし、砂をいじり続けているミーシャを指差すコウキだが、いよいよ持ってルクセリアの思考が追いつかなくなったらしい。
小さく口を開けたまま固まっている彼女は、気品とは程遠い姿である。
無論、美人と言う存在は、ほうけている姿も非常に美しいので、それが彼女に対して悪い印象を抱くものになり得るかと言われれば、多くの者は否と声を上げる。
しかし、ルクセリアの反応は正しいものであり、今までダストがなかったと言い切る男は、どう見ても十六歳と言う歳には見えない。
十八から二十そこそこに見える人族の男が、今までダストがなかったと言い切り、挙句、最年少で魔法騎士団に抜擢された天才と言われている人物が目の前にいると言うのだ。
大体の人物はその表情を驚嘆の表情へと変化させるに決まっている。
「最年少魔法騎士団メンバーはいいとして……ち、ちなみに今何歳、なの?」
「十九だな」
「三年間もダストなし……それは負け続けて当然よね……ん? あれ、ちょっと待って」
「んだよ……」
干し肉を噛みつつ、ブツブツと呟くルクセリアが、待ったと声を上げ、金色の瞳をコウキへと向ける。
今まさに干し肉に齧り付こうとしていたコウキは、これ以上なく面倒臭そうにルクセリアへ視線を向けるが、ルクセリアは全く気にしていない。
それ所か、何処か焦った様に言葉を紡ぐ、それは問いかけであり、その内容には砂をいじっていたミーシャも耳を傾けない訳にはいかない内容であった。
「貴方のダスト、名は?」
「世界の記憶」
「そうよ、それ私も聞きたかったのよ! すっかり忘れてたわ! どんなダストなの?」
「始動時点で目視したダストを解析して、自分のダストを解析したダストに書き換えられるダストらしい」
言い切ったコウキは、一人干し肉を噛み千切り、むぐむぐと口を動かす。
しかし、ルクセリアとミーシャはそれ所ではないらしく、ミーシャは空色の瞳を丸くし、横長の耳も驚いた様にピンッと力が入っている。
ルクセリアは手に持った干し肉を落としそうな程に握力が緩まり、何かを思案する様に切れ長の瞳を細め、視線を虚空へと放り投げている。
二人が引っ掛かったのは全く同じ所であり、解析とダストを書き換えると言う言葉だ。
分析に関してはそのままだと想像がつくが、ダストを書き換えると言う言葉には、思い当たる所があった。
それはつまり、かなり特別なダストであり、所有者が世界に一人しかいないダストに、似たような内容のダストを持つ者が居る事が原因であった。
一つのダストでありながら、実質的に二つの能力を保有する特殊性も異常な事である。
そして、それらの結果から示されるのは一つの可能性だが、恐らくそれは間違ってはいない。
ルクセリアは、パチパチと火の粉が弾け、炎の光に照らされながら手に持つ干し肉の最後の欠片を口に放り込む男を、じっと金色の瞳で見据える。
同時に、広角を釣り上げ、静かに、そしてふわりと月下で密やかに咲く一輪の花の様な笑みを浮かべて見せる。
「貴方、本当に面白いわね……多分それ、ユニークダストよ?」
「ふーん、ユニークダストねぇ……まぁ、何でもいいがな、俺にとちゃあダストに目覚めただけで反則みたいなものだしな」
「まぁ、確かに、貴方としてはそうなんでしょうけどね」
干し肉の欠片を咀嚼して嚥下したコウキは、ルクセリアの言葉に瞳を伏せて腕を組み、考え込むようなポーズを取ってみせるが、結局の所ダスト見目覚めた事が一番の収穫だと言う。
その内容がユニークダストと言うのは、コウキからすればおまけのような物らしい。
運任せの商品は当たる事が嬉しいのであって、その中身が予想外にいいものだったらなお嬉しい。その感覚に近いのだろうか。
そして、何故かユニークダストに目覚める者は、ダストの中身や、酷い者はダスト自体に興味がない者もいるらしく、基本的にユニークダスト保持者は変わり者が多いと言う事でも有名なのだ。
それに漏れる事なく、コウキもルクセリアから見れば充分変わり者であったが、ダストの内容がおまけだと言うコウキの言い分は、コウキ自身から見れば、何よりも正しい意見である。
ダストに目覚めた者は、素の能力だけで、ダストに目覚めていない者の何枚も上を行く。
飽きる程に繰り返した基礎訓練を積み、体の動かし方を膨大な量の反復練習で覚え、自身の体の指先一本に至るまで自らのコントロール下に置けるまで反復練習を続け、試行錯誤を繰り返し、効率のいい体の運び方を覚える。
足の動かし方、指の力の入れ方、カタナを振る軌道、角度、それら全てを見直し、無駄があれば一度積み重ねてきた事を崩す事も厭わない。
そうして、積み重ねてきた体と感覚、それら全てを使っても健康体のダスト保持者にはまだ届かない。
幾度も訓練を繰り返し、やり直し、それでも土を舐めてきたコウキにとって、ダストがもたらす恩恵と言うのは、何よりも大きく何よりも反則的なモノなのだ。
どうでもいいか、とあっけらかんとしたコウキ。
そんなコウキへ、興味を宿した切れ長の金色の猫目を向けるルクセリア。
そのどちらとも違うミーシャは、嬉しそうに笑みを浮かべ、目尻にはうっすらと涙さえ見える。
横長の耳は、その静かに噛み締める様な嬉しさを表す様に、へんにゃりと垂れ下がり、うっすらと肌が赤く色づいている。
少ししゃくりあげるような、密かに湿った声を耳へと受け取ったコウキは、鋭い瞳を隣へと向け、今のミーシャを認めた途端に、鋭さが欠片もない丸へと変化させる。
「な、何だ、ミーシャ。何で急に泣いてんだ……」
「う、うぇっ……よかったねって思って、だってコー……ずっと、ずっとずっと辛い事ばっかりだったから、自分の好きな様に出来て、何処にでも行ける翼が、うっきゅっ……やっとコーに、広げられたのよねって、そう思って……うぇぇっ」
拭っても拭っても、何度も溢れてくる涙を、手の甲で拭い、掌でぐしぐしと擦り上げ、それでも流れてくる涙をまた手の甲で拭う。
小さな子供みたいに泣いているミーシャは、しかして嬉しそうに笑顔を浮かべて、空の様に青い瞳でコウキが広げる翼を見守る様に優しく、何処だって飛んでいいの、とコウキの全てを許すような眼差し。
コウキの身に起こった事を、コウキ以上に喜んでくれているミーシャに、コウキは、思わず……と言えるまでに本人が意識しない内に苦笑を浮かべる。
ルクセリアには、コウキの身に何が起こり、今まで何を経験し、どんな十九年間を歩んできたのか、想像もつかない。
しかし、コウキが今こうしてここに居る事実。
コウキの為に喜びで涙を流すミーシャの存在。
それらを考えれば、コウキの今までは、ミーシャによって無意味な物ではなくなっているのではないかと思う事が出来る。
「何があったのか私にはわからないけど、これからの貴方はきっと意味のある人生を歩むと思うわ」
「まぁ、そうだな……まだ傭兵にもなれてないしな」
「そうよ、まだ傭兵にも……えっ? 待って待って、ちょっと待って?」
しんみりとした空気の中、静かに微笑みを浮かべ、柔らかい金の眼差しと言葉をコウキへと送るルクセリアだったが、その後に続くコウキの台詞に柔らかく微笑んでいた表情が固まる。
そして、無視出来なかった言葉に、ルクセリアの思考はまたしても混乱期を迎えたかの様に、待って待ってと繰り返す。
コウキはコウキで、空気読めよと言わんばかりの視線をルクセリアに投げるが、そのような事は今のルクセリアには関係がない。
寧ろ今コウキの身の上話の触りは終わったのだ。気にする必要などない。だって終わったのだ。
「傭兵じゃないって嘘よね?」
「ホントだが」
「え、だって待って? ちゃんと戦えてたわよね?」
「何見てたんだ、戦えてただろ」
「あれ? 待って? 私がおかしいの? いいえ違うわ? 絶対貴方がおかしいのよ」
最初に感じた気品に溢れ、行う仕草の随所に上品さを匂わせるルクセリアの姿はもう何処にもない。
混乱の極地を迎え、あたふたと思考が追いつかない事に焦りを見せるルクセリアは、何処にでもいそうなノリの良い魔族の女性傭兵にしか見えない。
しかし、彼女は本気である。
理解に努めようとしている事が、額に浮かび、月光によって僅かに光を見せる汗から理解出来る。
しかし、あまりにも自信満々にコウキが言い切り、自信に満ちた鋭い瞳をルクセリアに向けてくるため、段々と自分が間違っているのではないか? という思考に追い詰められるルクセリアだが、それは何とか持ち返したようで、キッと金色の猫目をコウキへと突き刺す。
明らかに責める様に鋭い視線が突き刺さっているにも拘わらず、コウキはそれを受け止め、軽く肩を竦めるだけ。
ミーシャは明らかに空気が崩れているにも拘わらず、未だに、良かったわねぇ、良かったわよねぇ……と声を上げて目元をぐしぐしと擦り上げている。
心の内より溢れてくる安堵と嬉しさが心を支配しているミーシャを置いて、状況は既にしんみりとは言えない空気へ移行していた。
月光が僅かに差し込み、上を見上げれば、本当の星空ではなく、葉が敷き詰まった隙間と月光が作り出す密やかな星空が浮かんでいる不思議且つ幻想的な光景を作り出す夜の森だと言うのに、致命的なまでにこの空気は情緒と言う物を挟ませない空気である。
「戦闘の心構えは指南書とダスト持ちとの戦いで嫌でも身に付いた。知性がある分ダスト持ちの方が面倒臭かったな」
「それはそうよ、知性があるとないのとでは随分違うし、理性があれば殺さない様にいたぶる判断だって出来る……じゃなくて、よく生きてたわね……でもなくて、何で私状況を受け入れる方に思考が傾いてるのかしら」
「面白いな、アンタ」
「貴方にだけは言われたくないわ……」
けらけらと笑いながらルクセリアを面白いと言い切るコウキに、ルクセリア自身は、もう疲れたと言う様に大きくため息を吐いてみせる。
眉根を寄せ、眉間を揉みほぐす様に右手の指を動かしている彼女だが、名誉の為に言っておくならば、いつもの彼女はこれほどまでに感情を表に出す人間ではない。
傭兵ギルドに顔を出せば、青い肌にぎょっとする人物が多いが、それでも次に彼女の美貌を認めれば、異性の表情はだらしなく破顔。
それに動じる事のない彼女は胸を張ってギルド内を歩きカウンターまで静かに歩み寄る。
コートの裾をはためかせ、静かにカウンターに歩み寄った彼女は、月光に照らされた雪の様に透明な笑みを浮かべて見せる。
そして、彼女の浮かべる透明感のある密やかな笑みに、更に異性の表情はだらしなく崩れ、彼女が動かす小さな唇から漏れ出た彼女自身の名前を聞き、その表情は刹那の間に引き締まる。
ルクセリア・ケッフェンヘルトの名を聞いた傭兵は身を震わせ、カウンターの受付も表情を引き締め、自らの行いに細心の注意を配る。
そんな周りの空気に小さく苦笑を浮かべる彼女は、受付を担当する人物に、緊張しなくてもいいわ、と小さく苦笑と共に声を掛け、男女に拘わらずその笑みと人格に釘付けになる。
本当はその様な人物なのだ。
いや、それも本当の彼女なのだ。と言った方がいいかもしれない。
何故なら、コウキの言動に翻弄される彼女もまた、本当の彼女なのだ。
「まぁ、どうせ傭兵になるんだ。当然報酬は半々でいいよな?」
「……ふぅ、まぁいいわ。嘘か真か、それはわからないけど、それもしばらくすればわかるでしょうし、今回は半々でいいわ。これからも確かな実力だと判断したら半々でいいわよ?」
ニッと笑みを浮かべ、鋭い視線と共に、ルクセリアへ報酬の話を持ち掛けるコウキに対して、ルクセリアはため息と共にそれを承諾。
しかし、今度はコウキが信じられないモノを見るような目付きで、ルクセリアを見据え、それに対してルクセリアも少し嬉しそうに笑みを浮かべる。
「おい、おいおいおい? 今なんか聞き捨てならないセリフを聞いたんだが? 聞き間違えてなけりゃあこれからも行動を共にするって聞こえたぜ?」
「ふふっ、やっと貴方の少し慌てた顔が見れたわね。少し悔しかったのよ……で、質問の答えだけど、その通りよ? 言ったわよね? 面白い事がないかと思ってあちこち歩き回ってるって」
「まぁ確かに聞いたが……おい、ちょっと待て」
掌を額に当て、瞳を閉じて眉根を寄せるコウキが、一旦停止を呼びかけるが、ルクセリアは笑みを浮かべたまま華麗に拒否。
彼女の小さな唇は止まる事なく、弦楽器の様な美しい声で、少しばかり楽しそうに言葉を紡ぐ。
「待たないわよ? 私は貴方が面白いと判断したわ、だから貴方と一緒に旅をさせてもらうわよ? あ、逃げたら追いかけるから、そのつもりでいなさいね?」
金色が特徴の猫目を楽しそうに輝かせながらそう言う彼女は、パチリと弾ける火の粉の向こうで静かに笑みを浮かべ、特徴的な青い長耳を、ぴこんと一度跳ねさせた。
どう見ても撤回などしそうにない青い肌を持った魔族の美女の笑みに、結局コウキは木々が作り出す月光の星空を見上げ、ため息を溶け込ませる事しか出来なかった……。