第五話(17)
手の内には、血濡れた剣の柄があった。黄金色をした、芸術的な細工の両刃剣は、数多の肉を斬り割いた今なおその輝きを損なってはいなかった。
生命の気配が感じられない。
辺りは闇に満ちていた。
煌々と燃え盛っていた火は何処へ消えたのか。
生命力に満ちた美しい森は何処へ消えたのか。
いまここにあるのは、濃密な死の気配だけだ。
その理由を、俺は知っていた。
俺のせいだ。
俺の過ちが全てを消し去った。
だけど。
俺はその選択を微塵も悔いることができない。
この期に及んでさえも、俺は胸の奥底から溢れるドス黒い感情を抑えることができない。
「どうして……」
深い絶望に揺れる声が、かろうじて俺の意識を呼び覚ました。
赤い少女。
燃え盛る焔のような、気高く美しい瞳。
ときに口よりも雄弁に語る紅玉が、透明な滴の膜で覆われていた。
ああ、そこにあったのか。
火だ。
生命の輝き。
破滅と再生の象徴。
「くるな」
掠れたこの声はきっと届かない。
半身を闇に浸食されながら、自己満足で唇を動かした。
ありがとう。ここまで堰き止めてくれたことに感謝している。この惨状は後悔のない選択の結果であれど、俺の望んだ結末でもなかった。
きみは正しい。俺よりもずっと。
だから、迷う必要も悲しむ必要もない。
彼女は優しすぎた。あまりにも清廉な、まるで俺とは似ても似つかない高潔な魂。己の所業をすべて覚えていたならば最初から関わろうとも思わなかったはずだ。けれど俺たちは出会い、共に育ってしまった。その因果が今は恨めしい。
こんな形で傷を残すのは本意ではないが、手を汚させるわけにもいかない。せめて幕引きは自分でしなければ。
彼女から与えられた最後の自由を振り絞って、首元に刃を立てる。
この剣もまた、汚れ役など似合わない、美しいものだった。
「ごめんな、――」
だけどもう、最後だから。
あとすこし、地獄の入り口まで付き合ってくれ。
そこで終わりにしよう。
これで、すべて終われると、思っていた。




