第五話(15)
「だけどきみは、神剣のために人間がどれだけ醜い争いを繰り返してきたかまでは知らないだろう」
カイルは皮肉げに笑う。
「人には優劣があり、その頂点に立つ者たちは、望む望まざるとに関わらず世の中を動かす力を持つ。彼らは理不尽な隔たりの先にいる。どんな努力も意味はなく、凡庸な人間に抗う術はない」
その瞳に浮かぶ感情を、俺はよく知っていた。
公明正大な神なんているわけがない。
オキニイリとそれ以外。
世界はいつでも理不尽で不平等。
そういうものだと思っていた。
【飆牙】を手にする前、かつての俺が抱いていた、劣等感と諦観そのものだ。
「理不尽だが、決して届くことのない存在、覆ることない法則だからこそ、ある種の諦観のもとに受け入れられていた」
「なんで……」
なんで、あんたがそんな目をするんだ。違うだろう。だって、あんたは、ヴェルッカ=イーリアスは、特別な側の人間のはずだ。
「神剣などというふざけた例外さえ、現れなければ」
そう言って、カイルが再び剣を構える。
「過ぎた力は禍を呼ぶ。されど生み出された禍を払う術もまた、力の他にあらず。天に仇なすは地の矜恃。絶望を前に屈せず、ただ一矢を報いんとする凡夫の覚悟を、――ここに顕現せよ」
最後の一節を聞いて初めて、俺はカイルの独白が詠唱であったことに気づく。
見たこともない複雑な魔術陣が発光と共に広がり――視界が晴れたとき、カイルの手の内にあったのは、目の覚めるような輝きを纏う黄金の剣。
知っている。
俺は、あの剣を、どこかで見ている。
「きみに、覚悟はあるのか?」
ずきりと急激に頭が痛む。
カイルの言葉が頭に入らない。
どこだ――どこであれを見た?
それは本当にあの剣なのか?
そもそも、俺自身の記憶なのか?
でも知っている。絶対に知っている。
一度や二度じゃない、なんども夢に見て、そのたびに――。
《ノア!》
【飆牙】の声に我に返り、慌ててカイルの剣を受ける。……重い。というか、魔術の補助もなく【飆牙】の風を相殺し、まともに斬り結ぶことができる強度の武器を相手にすること自体が初めてで、戸惑いが隠せない。
《なにボサっとしてるの。似ても似つかなかったフォグルはまだしも、フェリスの器まで……ああも完成度が高いとさすがに不愉快だ》
いろいろと聞きたいことはある。知らない固有名詞だらけで半分意味わからんが、まあ言いたいことはわからなくもない。
「その剣……」
「ああ、やはりわかるんだね。【耀牙】だよ」
カイルの答えを聞くや否や風が巻き起こり、間髪入れずに否定の声が上がる。
《ちがう!》
【飆牙】の叫びは怒りに満ちていた。
「もちろん本物じゃない。だけどそう呼ばれているんだ。神剣を模し、いずれそう至るものとして、執念じみた願いを込めてね」
馬鹿馬鹿しいだろう、とカイルは吐き捨てるように言う。
「コウが持っていたのは――」
「あれは【宵牙】になる予定だった失敗作だよ」
隠す気はないのか、カイルはあっさりと明かす。
「気まぐれな【闇】の剣は、誰にでも跪くようで、本心では決して阿らず、身相応の力しか貸さない。あの子が持ち出したのは、そのリミッターを外そうとした試みの一つだったけれど」