第一話(8)
FDへ滑りこんだ直後、間一髪で鳴り響く鐘の音――魔力のこもった波が身体を通り抜けて、教師の持つ出席簿に人数が通知される仕組みだ。
どうやら目的を果たせたことに安心して、息を吐きだす。
直後、ぐい、と背中のローブが引かれる。――レナだ。
「早く下ろして」
小声でささやいたレナは、しきりに周りを気にしている。
FDの中心には、かなりの数のクラスメイトが集っていた。入り口の影にひそむ俺たちに気づいたやつはいないみたいだけど、それも時間の問題だろう。くだらないことでわざわざ敵を増やすつもりもないので、早々にレナを解放する。
地面に降りたレナは、すぐさま俺から距離をとった。ざっと5メートル。
光の中心へと脚を進めながら、一度ためらうように振りかえって立ち止まる。いつものことだし、お互いの利益のためには当然の判断なのに。思わず苦笑した俺に、レナは表情を曇らせた。
――いいから、知らねー顔してろって。
わざと舌を出してレナを追い払うと、入り口付近の壁にもたれかかって目を閉じる。どうせ、好き好んで俺に近づくやつなんていない。
すぐに、レナを取り囲んだクラスメイトの話し声が聞こえてきた。
きっと歯の浮くような美辞麗句の嵐か、俺といることに関する文句か。いまさら気になりはしないけど、好んで聞いていたいものでもないから、さっさと意識を遮蔽する。
誰にでも優しい『姫』は、落第生にも隔てなく接する。ただし、落第生が姫を独占することは許されない。くだらない信仰だ。
徹底した実力主義。成績がものを言うこの学園で、首席に立ちつづけてきたレナ=フェイルズは、五回生に限らず学園全体から羨望のまなざしを集める存在だった。
とりわけ魔術制御に関して、彼女の右に出る者はいない。カミサマのオキニイリってのは、きっとレナみたいなのを指して言う言葉だろう。
加えて、金髪青眼ってのも、レナの地位を押し上げる一因だ。遠い昔の伝承に登場する天使の色彩ってやつ。
天使サマとやらが実在するのかは知らないが、少なくともヒトの前に姿を現すようなものじゃない。純白の翼に、清廉な美貌、ヒトとは桁が違う魔力を持つ、長命な種族。その心根は、慈悲深くて無欲なんだと。
――さあて、どこまで真実なんだか。
天界とやらに引きこもって出てこない神の御使いは、とにかく人間にとっちゃ崇拝の対象だった。だから、おなじ色を持つってことは、それだけで高ポイント。降りそそぐ期待のまなざしに応えて、慈悲深いお姫さまキャラを貫いてきたレナは、さながら地上に舞い降りた天使サマってところか。
なんだっていつまでも俺にかまうんだろうな、あいつは。本来の性格を表に出したところで、いまさら向けれた好意が消えることもないだろうに。そりゃ、多少の騒ぎは起こるかもしれないけど――。
「初回から居眠りとは、余裕だな。ノア=セルケトール」
ばっと目を開いた直後に、脳天に振り下ろされる棒状の凶器。――やばい、と思ったときにはすでに遅く、鈍い衝撃が頭を襲った。