第五話(8)
はあ?
突拍子もない言葉を受けて一瞬かたまり、思わず吹き出した。
「おいおい、急になに言ってんだよ」
苦笑まじりに【飆牙】を見下ろしてみたところで、表情なんて読めるはずもない。いつも通り、ツンと澄ましたような美しい白銀の細工があるだけだ。
《死ぬ。きみだけじゃない、大勢死ぬ。このままだと、ね》
ふざけているわけではないらしい。
普段の態度とはうってかわって、真剣な口調で忠告してくる相棒に、困惑する。
ありえないだろ。俺とカイルが喧嘩したくらいで、どうしてそうなる?
《わかるんだ。僕は風。時を駆ける風を司るもの。目前に迫った未来くらいわかる》
【飆牙】は淡々と語りかけてくる。
《ノア……きみは選んでいい》
選ぶ? なにを?
《誰もきみに強制はしない。たとえ行き着く先が一つだとしても、きみには選択が許されている。いずれ死ぬ生命がそれぞれの生涯を送るように、きみには無数の道のりが用意されている――この僕を手にするかどうかだって、きみは選ぶことができた》
わからない。選んだのはお前の方だろう。
俺を誘い、呼び寄せ、受け入れた。
浮遊する剣の柄に手を伸ばす瞬間、迷いは微塵もなかった。
特別な剣に受け入れられた。何者にもなれないと思っていた俺が、特別ななにかに選ばれていたと知った、あの瞬間に、どれだけ心躍ったか。
お前だって、知っているはずだろう。
《よく考えてみて。きみは降りたっていいんだよ。――ほんとうに、進むことを望むの?》
そんなこと――。
「決まってるだろ」
端的に答えて、扉を押し開く。
《そう……》
【飆牙】は曖昧な言葉を返して、それきり沈黙した。
煌々と照る天球の明かりが目を刺してくる。もう朝食をとりに行っている時間もないか。まっすぐFDに向かわなくては。
寮の外に足を踏み出した瞬間、ほら、と頭の中のレナが囁く。ノアは私を置いていく。そう言って微笑する。さみしげに、諦めたように――ちがう、それはレナじゃない。あれは俺じゃない。
ああでも、そういえば。
身体を温めるように早足で構内を抜けながら、思う。
あいつは、置いていくなとも、連れていけとも言わなかったな。
ただの一度も、言われた記憶がない。
まるで、いつかその時が来ることを、昔から覚悟してきたかのように。
そんなことを考えていたから、だろうか。
「……ノア」
FDの入り口で待っていた幼馴染が、物言いたげな瞳をして深く息を吸い――、当たり障りのない言葉に変えて吐き出して、柔らかく微笑した、その刹那に。
「先、行ってるね」
言葉が、出なかった。
他にもっとあるだろとか、なんでここにいるんだとか、いつもみたいに怒れよとか。頭の中によぎる感情は無数にあったのに。
なんで。
なんでお前が、今、その表情をするんだよ。
強烈な既視感に襲われた俺は、呼び止めることもできずに、観覧席に消えていく彼女の背中を見送った。




