第五話(6)
もし、なにかを違えたとするならば。
いつ、なにを違えたのだろうか。
――来い、生きる場所をやろう。
奪い取れるかはお前次第だが、と、嗤った男の手をとったことか。
――どうして僕だけ逃すんだ!?
俺と同じ色の瞳を揺らして叫んだ、少年の手をとらなかったことか。
――一緒に行こう。きみは自由を知るべきだ。
いいや、初めからずっと、俺にはなにもなかった。
あのとき、自分を迎えにきた少年の亡骸を前にして、灼熱に背を焼かれ、未必の罪の代償を受け入れてさえ、なお思うことはなかったのだから。
ならば違えてなどいない。
すべて、なるべくしてなった結末だ。
――それでいいのか? 本当に、お前はそれでいいっていうのか?
――どうせなら、この命、しばらく預かってみる気はない?
どうでもよかった。
俺はなにも望んでなどいなかった。
――俺は認めない。なにを犠牲にしても、このふざけた現実を正してやる。
――取り戻したいものがある。そのためなら、俺はなんだってするよ。
自分自身には怒りも目的もなく、ただ求められたからというだけの理由で、彼らの覚悟に手を貸した。
――腐っても竜というならば、君臨してみせろ。我が骸の上に立ち、孤高の王として万物を見下すがいい。
それで、得たものなど、なにもない。
特別な景色など、知りたくもなかった。
ただ肌には合っていた。
孤高たれと言うならば、そうあろう。
平伏したければ好きにしろ。
俺はただそこに在っただけのこと。
変われるものならば変われ、同じ高さまで上がってこい、とっとと俺を引き摺り下ろせ、と。
眼下にひしめく群衆を、嘲笑いながら羨んだ。
草むらのように伸ばされる無数の手を、振り払いもせず眺めていた。
理解できなかった。
なぜこんなにも狭い空に焦がれるのか。
揃いも揃って一様に、自らの手で視界を覆ってまで、なにをそんなに望み欲するのか。
俺にはない、とりどりの熱に浮かれた瞳には、一体なにが見えているのか。
――おい、帝竜。いつまで寝ているつもりだ。トップがそれじゃ示しがつかない。
――王様、たまには外に出てみない? あんたを縛れるものは何もないんだから。
誘われるままに気まぐれを起こした。
かつて、俺がすべてを奪った少年が、命をかけてでも俺に見せようとしたものを、すこしは理解できるだろうかと。
深い意味などなく、彼女を見ていた。
ただそれだけの関係だった。
――あなたって人は、どうしてそんな目をするの。せっかくの綺麗な瞳がもったいない。
なぜ、いまさら、色あせた過去に思い馳せているのだろう。
収まるべきところに収まるまでに、泡沫の夢を見た。早晩たどり着いた完成形を今とするならば、およそ必要のない寄り道だった。
俺が生きるに値する価値など。
――守ってやれなくて、悪かった。
この世には、もう。




