第五話(5)
炎が全てを包んでいった。
轟々と勢いよく立ち昇る火炎の明かりが、黒々とした夜を割いて、己の罪を照らしていた。
焼け落ちていく建物の上げる黒煙と、燻された人間の放つ悪臭が、気道に流れ込んでくる。
聞こえない。
なにも聞こえない。
聞く価値などない。
救いを求めて駆け出してきた哀れな男の胸を割いた生々しい感触が、まだこの手に残っていた。
頬に跳ねた血痕を拭いもせず、消えかけた下弦の月を仰ぐ。
喪った? いいや、もとより始めから――なにも持ってなどいなかったのだろう。ゆえに取り戻せるものもない。
この世に。
俺の生きる価値など。
「ひさしぶり……王様」
旧知の男が立っていた。しばらく見ない間に伸びた濡羽の髪を肩に垂らし、昏い瞳をして笑う姿を、無表情に一瞥して行き過ぎる。
「いやいや待ってよ、まさか俺のこと忘れたわけじゃないでしょ」
こうしてわざわざ目の前に現れたことで、今に至る事情はおのずと察した。なにも言わない俺に、慌てたように縋りついてくる理由も。
「あいつ、死んだって本当……? いくら殺しても死ななそうなやつが? ねえ、だったらなんで、あんたが気づかないわけないのに、誰か情報を流したか――」
「べつに」
俺の行いに意味はない。復讐でも裁きでもない、ただの仕組みだ。奪われたから奪い返した。互いに得るものもなく、だが行うべくして行われる、機械的な報復にすぎなかった。
「俺は、お前に対して、なにも思っちゃいないよ」
俺の個人的な感情はそこにない。
どこにも、ない。
「……っ……ちがうんだ……後悔はできない、だけど、こんな結末を望んだわけでもない……俺、俺はただ」
「お前の行動原理なら、よく知ってる」
「それは、そうだけど、そうじゃなくて! こんなことになるってわかってたなら、あんたを人間にしようだなんて思わなかった」
飄々とした男にしてはめずらしく言い募る。ちがう、こんなつもりじゃなかった、俺はあんたに生きて欲しかった、と、言い訳じみた言葉を重ねる様を、冷ややかな目で見つめていた。
「生きる? 俺もお前も生きているじゃないか、こうして」
犯してきた罪への罰のように、生き続けて。
「気が済まないなら殺されてやる。死にたいなら一緒に死んでやる。それが罰だっていうならなんだって甘んじて受ける。最初からその覚悟ならあった! でも、……でもこれじゃ」
不意に腑に落ちた。ああ、なるほど。この男を支えてきた理由も、いつ失われるかわからない儚い命だった。もう長くは保たないのだろう。それでいまさら揺らいだのか。
崩れ落ちる男の横で、血振りをした刀を鞘に納め、足元に投げ渡す。
「終わりたがっているのはお前の方だろう」
始末は自分でつけろ、と言い捨てて別れた、その男の結末を俺は知らない。
ただ……どうして、と、力なく問う微かな声だけが、俺の背中を追いかけてきた。




