第五話(4)
果てしない青の中心に浮かぶ、白い世界。
視界一面を覆う「青」と「白」。
あちこちを動きまわる「金」と「碧」。
すべては見慣れた光景だった。
かつては、この世界の大部分は四色でできていると信じて疑わなかった。
いまは、ちがう。
なぜ?
壁も、床も、天井も。
真白い聖域をべったりと侵す、異色。
その色の名を、まだ俺は知らなかった。
慌ただしく駆け回る足音。
怒号。
剣戟。
どれだけ強く耳を塞いでも届く不快な騒音の意味も、なにひとつ知らなかった。
静寂。
おっかなびっくり覗いた柱の向こう側に、二つの身体が折り重なるようにして倒れていた。生命の内側に、こんなにも激しい色が隠されていたことを、はじめて知った。
おそるおそる指を伸ばせば、その感触はぬるりと生温かく、やがて少しずつ冷えて固まっていく。こうして、この場に逃げ込むまでにいくつも見た、あの不気味な紋様の数々が生まれたのだと理解した。
どこからか、パチパチと乾いた音が聴こえてくる。
口の中がカラカラに乾き、むきだしの肌がチリチリと痛みだす。
崩れていく。
生命も、建造物も、みな形を失って溶けていく。
俺の知らない色に染まって。
体当たりするように押し開いた扉の奥に見つけた、轟々と鳴きながら揺らめき、獰猛に白を喰らい尽くしていくそれは、とても美しく、恐ろしかった。
しらない。
こんなせかいは、しらない。
恐ろしいものから逃げて、逃げて、逃げて。
見知らぬ色に染まり、変わり果てた「白」の有様をいくつも横目に眺め、この悪夢の出口を探して無我夢中に走った。
遠く広がる「青」は変わらない。なにも変わらない。果ての見えない空の底を、はじめて恐ろしく思った。
いままで永遠に続くと信じて疑わなかった、在りし日の調和が、ひどく懐かしく、恋しかった。その感情を表す言葉もわからず、でたらめに声をからして喉を焼いた。
つまずいて、転んで、もう立ち上がる気力もなくて、……そのまま遠く闇に落ちかけた意識を繋ぎ止めるように、誰かに力強く抱きしめられた。
力を振り絞って重いまぶたを持ち上げた視界に、飛び込んできたのは――。
み、ど、り?
翠。
透き通るような、鮮やかな。
風の色。
風にゆれる森の色。
芽吹いたばかりの若葉と、降りそそぐ恵みの水をまぜた色。
それは、青でも碧でもなく、俺にとってなによりも慣れ親しんだ、この世でもっとも安心できる色。
霞む視界に浮かぶ色だけを手がかりに、わずかな力でしがみついた。
声が聴きたい。聴こえない。
ごうごうと唸る化け物の声に呑まれて、なにもわからない。
だけど、貴女を知っている。
貴女の腕に抱かれる温もりを知っている。
いまはわからない香りも声も、よく知っている。
今だけは。




