第五話(3)
「かせ……?」
言われた意味を理解するまで、少し時間がかかった。
「考えたんだけど、やっぱりクリス=セルケトールほどの術師が数年で緩むような甘い隠蔽をするとは思えないのよね。それが綻びるということは、機能が損なわれているというよりもむしろ役割を失いかけている――隠された封印にこそ綻びがあると考える方が自然じゃないかしら」
隠蔽。封印。
「俺が魔術を使えない原因っていう、あの?」
「そう……」
自分の世界に没頭したベッカは、聞こえているのかいないのかわからないような薄い反応を返す。
「そもそもどうして抑える必要があるの? 人間もエルフも魔力を扱うのは普通のことなのに、完全に封じるなんて……天人の祖は大地に降りて翼を失った天使。私たちの扱う魔力は、天から零れ落ちた霊気から生まれた精霊が生命活動の一環で生み出したもの、とすれば根源は……さすがに馬鹿げてる? いいえ、むしろどうやって封じたかの方が問題」
ぶつぶつと独り言をつづけるベッカを見上げながら、ぼんやりと思う。
何度目だろうか。
こうして俺に可能性を示す相手に出会うのは。
――生きたいのなら来い。
養父。
――せっかく綺麗な色なのに。
幼馴染。
――ついてこい。ソレに会わせてやろう。
師匠。
いろんな手に導かれてここにきたことを、どうして今、思い出したんだろう。
「ねえノアくん。私は興味がある」
思考の海から戻ってきたベッカが、瞳を輝かせて俺を見つめてくる。
「きみの封印。きみの本質。きみの限界。今ここにあるはずがない、きみという存在はどこから来て、なにを為すのか。きみのすべてを知りたくてたまらない」
底知れない知識欲に染まった瞳の中に、俺の姿が映り込み、囚われていた。――逃げられない。このまま、魂まで吸い尽くされるんじゃないかとすら思う。
人間の欲望って、こんなに深い色を見せるのか。
「きみはどう?」
知りたい?
――知りたい。
――俺は、――俺の過去が、知りたい。
ホ ン ト ウ ニ ?
「っ……知りたいに決まって、る」
はず、だ。
ずきり、と、それ以上聞くことを拒絶するように頭が痛んで、言いよどむ。
どうして?
迷うことなんてない。望んだことじゃないか。
俺が望んだ。
これは俺の望みだ。
初めて柄を握った日、【飆牙】は俺の望みを問い、いずれわかると答えた。
それは。
《それは、きみたちどちらの?》
《始まりにして終わり――【一人の者】の魂を継ぐ者よ》
《きみを、待っていた》
俺だけを呼び寄せた気位の高い刀剣。
お前が呼んだのは、本当に俺か?
ああくそ、気が散って思考がまとまらない。
「ノアくん。きみにかかっている封印はとても強力なもの。人間が払うことのできる最大の代償をもってしても難しいくらいよ。だからきっと術者だけではなく、きみも代償を背負っている。失ったものに心当たりは?」
失ったもの――。
喪失の感覚さえなく、ただ、持っていないもの。
記憶。
クリス=セルケトールに拾われる以前の、時間。
「きみが失ったものがなんであれ、【飆牙】という剣には、封印を断つだけの力があると思うわ」




