第五話(2)
「だって今の実力じゃ、本気のイーリアスとは勝負にならないんでしょ?」
「ぐ……」
ベッカは単刀直入にぶっ刺してくる。さすが研究馬鹿は遠慮というものをしらない。
「んー、まあ、私は剣のことはよくわからないけど、シュナ教官もいないことだし、たった二週間でできる対策なんてたかが知れてるんじゃない? ……あ、あと一週間だっけ」
ずけずけと容赦なく降り注いでくる言葉の刃に頬がひきつる。
ああそうだよ、あと一週間しかねえよ。
シュナ=フェブリテは学園を空けたまま戻っていない。しばらく留守にすると言った言葉通りに姿を消し、その後の消息は不明。風の噂で、緊急の依頼を受けて大陸に向かったらしいと聞いた。
試合の日取りは早々に決まった。あくまで模擬戦という建前で、休講されたシュナの講義の時間帯にFDの使用許可が取れたらしい。
派手なイベントにするつもりはなかったが、いつのまにか学生たちの格好のおもちゃにされつつある。娯楽の乏しいこの離島では無理もない。
レナにはいつもの調子で激怒されるものと覚悟していたのに、彼女はなにも言わなかった。
以来、なんとなく気まずくて顔を合わせるのを避けている。もっとも、いくら講義をサボっても探しにこないあたり、避けられてるのは俺の方だろう。
「べつにノアくんが弱いって言ってるわけじゃないのよ。ただ完璧王子イーリアスに正面から挑んだって勝ち目なんてないに決まってるわ。見たでしょ? ご丁寧に重ねがけした初中級魔術の山。最小限の魔力で最大の効果を得る最適解。あいつのスタイルってほんとつまらないの。意外性も隙もない鉄壁の男。あー、かわいげない」
攻撃の矛先が若干逸れ、追撃に身構えていた俺は脱力する。
イーリアス個人を嫌ってるわけじゃないけど研究者気質からすると面白味ないのよね、とベッカはため息をつく。
だから俺に肩入れしようというのだろうか。
まったく勝ち目のない、無謀な挑戦を仕掛けた俺に。
「そんなことは……」
わかっている、と、漏れでそうになる本音を振り払うように、かぶりを振る。
顔を合わせる誰もが俺が負ける前提で、せいぜい頑張れよと、どこまでやれるか面白がるように声援を送ってくる。
勝てない、なんて、わかっている。
わかってるけど、勝てなくても勝つと決めたんだよ。
矛盾? だからどうした。
理屈で諦められるならとっくの昔に折れている。
百人が百人口を揃えて結果の見えた無駄な勝負だと言ったとしても、実際なにが起こるかなんて。
「やってみなきゃ――」
「わからないわ」
予想と逆の言葉を返されて、中途半端に口を開けたまま固まる。いまなんて?
「きみにかかってる枷が外れればね」
大真面目な顔をして、ベッカは言い切った。