第五話 其は業深き再来の御子(1)
かつて、ただ一人の者の絶望によって魔の森は造られた――。
『その日、
天から血の雨が降り
大地は朱に染まり
生命は魔に堕ちた
深淵の禁忌に触れた罪人は
失意のうちに生涯を終えて尚
滅びることを赦されず
罪の清算を続けている』
手書きの古びた字体はひどく見づらく、なんとか読み取れたのは、冒頭の文と詩歌めいた一節だけだった。
それでも表向きの歴史に出てこない瘴気や魔物の存在に触れた文献は希少だ。これが文字通りの魔なのかどうかすら、定かじゃないけど。
「なあに読んでるの、挑戦者くん?」
「っわあぁ!?」
耳元に吹き込まれた声に本を取り落とし、書見台から勢いよく飛びのくと、背中から書架にぶつかり、尻餅をつきながら降り注いできた積年の埃をかぶって咳き込む羽目になった。
「ごほっごほ……、ベッカ、なんで」
驚かせてきた元凶を睨み上げると、ランプの灯りを背景に、にやあ、と不気味な笑みを返されて後悔する。逃げときゃよかった。
「そこまで警戒しなくたっていいじゃない。ただシュナ教官が不在の間にちょろっと実験させてもらえたらなあって――……うそうそ冗談だから戻っておいで、ノアくん」
脱兎の如く逃げ出そうとした俺のローブを捕まえつつ、レベッカ=バートンは肩をすくめる。やだなあ、私そこまでマッドじゃないのに、などと呟いているが、まったく信頼が置けない。
ああくそ、わざわざ学生のいない時間帯を見計らって潜り込んだってのに……ウィルに姉は筋金入りの引きこもりだって聞いてたから油断してた。
「なんでって言われても、私ここの研究室に泊まり込んでるし、気分転換くらいするよ。めずらしい客人はきみのほうじゃないかな。こんな夜更けに、わざわざ研究棟の資料室で調べ物?」
好奇心に輝く瞳を前に逃げるのは諦めた。またあの拘束魔術に捕まるのがおちだからな。だが、質問に答える気はない。
「入っちゃいけない規則はないだろ」
「おやおや、隠し事とは悪い子だね」
黙秘を貫くと、ベッカは楽しげに推理を始めた。
「その一、天人のことが気になる」
「……」
「その二、イーリアスに勝つためのヒントが欲しい」
「…………」
「その三、フェイルズさんから逃げたい?」
「ッちがう!」
食い気味に否定した俺を、わかりやすくてかわいいねえ、とベッカが笑う。
図星刺されたわけじゃないけど、いま一番触れられたくないところを的確にえぐられてうんざりする。カイルとは違う意味で、ほんとにこいつ苦手だ。
「俺の目的がなんであれ、あんたには関係ないだろ」
「いいのかなー、そんな口きいて。私、三つ目以外なら力になれると思うけど?」
「なに言われたって実験にはつきあわないからな」
「でもイーリアスには勝ちたいんでしょ」
「それは……」
ベッカと視線を合わせて会話しながら――後ろ手にそっと『【一人の者】の伝承』と書かれた本を書架の一番下の段に押し込んだ。




