第四話(22)
なにげなく告げた俺に、カイルは一瞬なにを言われたのかわからないというような顔をした。
「聞き間違えたかな。なんだって?」
「俺と本気で戦えって言ったんだ」
一拍おいて、深々としたため息を返される。
「好かれちゃいないのは自覚してたけど、そこまでかい? やめておけ、魔術師ですらないきみと僕では勝負にならない」
まるっきり相手にする気はないという態度だな。だが、あまり時間はかけていられない。今はまだ場が混乱しているが、レナに近づかれると厄介だ。
努めて尊大に、いかにもカイルが嫌いそうな、己の身の程を弁えない生意気なクソガキを気取って挑発する。
「気に食わない後輩をいたぶる絶好の機会だろ。喜んで受けたらどうだ?」
品行方正な王子様の微笑は、まだ崩れない。
「あいにく僕にそういう趣味はない。きみもそんな気は毛頭ないだろう。もしもその自信の根拠が神剣にあるというなら、相応の対応をせざるをえなくなるよ」
「初めから手加減しろとは頼んでねーよ。――本物を試させてやる」
その瞬間、カイルの顔から笑みが消えた。
「きみが、本物だとでも?」
一転、険を帯びた眼差しで射すくめられ、その迫力に息を呑む。
食いついてきた? 思っていた反応とは少しちがうものの、どうやら琴線に触れることに成功したらしい。
「勘違いしているようだから言わせてもらおう。【飆牙】はたしかに特別な剣だ。だからといって持ち主が特別な存在に生まれ変わるわけではない。なにせ気まぐれな【風】のすることだ――」
心なしが低い声色で淡々と語ったカイルは、ひそひそと言葉を交わしながら俺たちの応酬に耳を傾けている観客を一瞥してみせる。
ああ、知ってるよ。誰もが半信半疑で、取り入ろうと近付いてくる素振りすら見せない。今だって遠巻きに噂するばかりで、互いに牽制しあうように距離を保っている。
それでも、【飆牙】は俺を選んだ。
「気まぐれだろうがなんだろうが、あれは俺を受け入れたんだよ」
「そうだね。その事実は否定しない。なぜきみなのかと疑問には思うけれど」
あっさりと認めるカイルに、やや鼻白む。
鉄壁の仮面を剥がしても尚、なにを考えてんだか全然わからない。
「あんたの言い回しは一々まどろっこしくてわかりづらいんだよ。【飆牙】に選ばれるのは自分でなきゃおかしいってか?」
「いいや……過ぎた力は禍を呼ぶ。何者であれ、神剣に選ばれた主など存在すべきではない」
「だったらなんで力を求める? あんなものを用意してまで」
カイルはわずかに目を見開いて、すぐにすべての経緯を悟ったかのように呟く。
「……コウ」
黒髪の少女は黙して答えず、無表情に主を見つめ返す。その態度に、ふっと笑みをこぼしたカイルは、優雅な所作で手を打ち鳴らして周囲の注目を集め、宣誓する。
「いいだろう、ノア=セルケトール。その蛮勇を称え、挑戦を受けて立とう。きみが真実【飆牙】の主たりえるか、僕の剣で試させてもらう。その如何によっては――」
みなまで言わずともわかるだろう、と俺を射抜く瞳には、こんどこそ紛れもなく、剥き出しの敵意が宿っている。できるじゃねーの、そういう顔も。
「望むところだ」
どれだけ高い壁であろうと、ぶつかる覚悟はとうにできている。こんなところで怖気付いていたら、一生シュナ=フェブリテの背は捕まらないからな。




