第四話(20)
また一段と演出が派手だね、と訳知り顔でつぶやいて、カイルが一歩前に出る。
その手に光が集い、指の一振りで糸のような魔力が流れ出し、繊細な術式が宙に描かれていく。
それは、必要最小限の機能美を誇るレナの陣とは対照的な、織物のように美しい魔法陣だった。
ぎっしりと情報が詰め込まれた陣が、新しく生まれては折り重なり、既にある陣と混ざって絵柄を変化させる。あまりにも密度が高すぎて、この距離でも内容が全く読み取れない。
微笑みを浮かべる余裕すら見せながら、カイルは次々と、とんでもない数の術式を多重展開していく。
いままで俺の知る天才は、レナだけだった。同世代では並ぶ者のいない魔術の天才、だと、思っていた。だけど、これは。
焦げた臭いが鼻腔をくすぐる。
はっと目を向けた先にちらつく、赤。
魔に堕ちた獣に、芸術的な光景に見惚れる知性があるわけもなく、ヘルハウンドは着々と攻撃の準備をしていた。
ブレス。
おい待て、この位置、完全に射程圏内じゃ――。
「問題ない」
思わず動こうとした俺の袖を掴んで、コウが落ち着いた様子で首を振る。
牙に囲まれた喉の奥から燻る火炎が顔を出したとき――ヘルハウンドの首に太い鎖が絡みつき、その巨体を床に引き倒した。
鎖の根本に浮かぶのは、無駄を削ぎ落とした最小限の術式。
構築する様を横で見たわけじゃないけど、レナのものだと確信する。
一瞬遅れて、四方八方から追加の拘束魔術が飛ぶ。
その中には見覚え、いや、身に覚えのある拘束糸も含まれていた。伸びる方角に向ければ案の定、やる気のない顔でベッカが魔術を発動していた。
えげつない強度を思い出し、身震いする。こういう用途で使うのが正しい魔術なんだろうけども。つかそれを人に向けるな。
その間にもカイルの魔術は密度を増し、輝きを強めていく。
最後に追加された一枚だけは俺にも読み取れた。
あまりにも見慣れた術式だったからだ。
――浮遊術。
ビュッフェテーブルのカトラリーケースから一本のナイフが浮かび上がり、束になって球状に膨れ上がった術式の中央へと吸い寄せられる。
接触する瞬間、カイルが謳う。
「点火」
ただ、一言。
一節の詠唱とも言いがたい単語を合図に、それは起爆した。
閃光とともに魔術によって撃ち出されたただのナイフが、強い魔力を帯びた光の矢と化してヘルハウンドを襲い、鎧よりも硬い皮膚に覆われた全身を軽々と切り裂いていく。
誰もが息を呑んで見届ける中、貫通したその位置でピタリと静止し、役目を終えたナイフが光を失って床に落下すると同時に、ヘルハウンドが解けて消える。
カラン、という音と共に、静寂が訪れた。