第四話(19)
驚きに目をみはる俺に、そういうところだよ、と言わんばかりにカイルは肩をすくめる。
「率直な感想だ。他意はないよ」
その仕草を嗜めるように、コウが非難の眼差しを向ける。
「カイル様……」
「学園内でまで様付けしなくていいと言ってるだろう、コウ」
気安いやりとりを意外に思う。想像していたよりも主従の関係は良好らしい。
そういえば前にも“悪い方ではない”って言ってたっけ。
「僕はフェイルズ嬢に袖にされた立場だからね。このくらいは許してほしい。あるいは――きみがいなければ答えは変わるかもしれないが」
カイルの視線が俺に流れて、瞬間、目が合う。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ」
困った子供を相手にするように、カイルが苦笑する。わずかな憂いを滲ませた表情に、どこかから黄色い歓声が上がった。
あいにくと作り笑いは見飽きている。同じ猫被りなら、レナの方が数段上手だと思うけど。
「僕の考えは変わらないが、聞く気もないだろう」
「奇遇だね、俺の答えも変わらない」
どいつもこいつも、年長者ってものはお節介を焼かなきゃ気がすまないのか。
俺たちは互いに好きなようにする。責任を取るつもりもないし、束縛するつもりもない。一緒にいるのが当たり前で、失うなんて想像がつかない。どちらも嘘偽りのない本心だ。
今がずっと続かないことなんてわかっている。この学園という閉ざされた環境の中で、一時的に噛み合っているに過ぎないのだとしても。
「わからないな。きみたちの関係は歪だ」
「他人にわかられたいなんざ思ってねえよ」
「いまさら礼儀を説く気もないが……嫌われたものだね」
「気に食わないのはお互いさまだろ。なあ、カイル先輩――」
そのとき、バチン、となにかが爆ぜるような派手な音を立てて視界が暗転する。
このパターン、ついさっきも経験した気がするんだが。嫌な予感しかしない。
「くそ、今度はなんだ」
「うごかないで」
コウの声が俺の足を縫いとめる。
「大丈夫。すぐ終わる」
その言葉と同時に視界を覆っていた闇が晴れ、獰猛な唸り声が鼓膜を揺らした。
まず見えたのは、鋭利な爪を備えた四つ足。
大剣のような牙の並ぶ顎門。
漆黒の毛並みに覆われた身体の向こうで、黒々と燃え盛る尾が揺れる。
赤い目をギラギラと滾らせる、その獣の全長は、大人二人分を優に超えていた。
「っはあ? ヘルハウンド……!?」
図録でしか見たことのない――大陸の西側、魔の森の奥地しか生息しないはずの好戦的な魔物が、そこにいた。
とっさに腰元に伸ばした手が空振りする。そうだ、今は帯剣していない。【飆牙】は寮の自室に置いたままだ。
「何を探しているんだい? ここは魔術学園で、僕らは魔術師だよ」




