第四話(16)
「憧れ、って」
シュナの瞳に射抜かれて、あの日の出来事を反芻する。
「『きみは私の憧れだった』……?」
聞きそびれていた言葉の真意が、ふいに気にかかる。
――きみは、あいかわらず自由だね。
――私は、きみと違うから。
コウはまるで、彼女にとっての俺が自由の象徴であるかのような物言いをした。
昔から、俺が養父に拾われる前、コウが同じ街の孤児院にいた頃から、変わらない自由、に、対する憧れ、と、諦め?
裏を返せば。
彼女は、リステナー家に迎えられた日からずっと、自由を奪われていた。
って、ことにならないか?
「あー……そーいうことかよ……わっかりづらすぎんだろ」
「え、なに、どういうこと?」
脱力してしゃがみ込んだ俺を、眉をひそめたレナが見下ろしてくる。
「……ノア?」
金糸の髪に縁取られた青い瞳の奥には、不安げな影が揺れていた。……お前さ、前から疑問に思ってんだけど、何をそんなに恐れてんの?
レナは時々、目を離した隙に俺がいなくなると思ってんじゃないかってくらい、臆病な顔をする。言葉にはせずに、置いて行くな、と訴えてくる。
聞かされた情報で頭はパンパンだし、いきなり誰かに乗っ取られたり、普通の人間じゃないとか言われたり、きな臭い陰謀の気配がしたり、散々な一日だけど。
いまさら何を言われようが俺自身はあまり気にならないというか、どんな理由であれ注目を集めることを、どこか楽しみにさえ思っている。
結果、命の危険にさらされたとしても、無意味に生きつづけるよりずっといい――そんな風に思ってしまうのは、やっぱ俺の感覚が狂ってんだろうな。
自覚しているから、一瞬迷った。
見上げたレナの肩越しに、厳しい顔をしたシュナ=フェブリテの突き刺すような視線を感じる。
型破りな師匠は、俺と同じようにネジの外れた存在で、異端の道を歩んだ大先輩だ。だからこそ、まともな人間をそばに置くことの難しさをよく知っているのだろう。
彼女の目は雄弁に語っていた――いい加減に選べ、と。
わかってるよ。俺の出生も、神剣にまつわる問題も、レナ=フェイルズという少女の将来には何の関わりもない。
彼女の幸せを願うなら、巻き込むべきじゃない。
そうだな、その通りだ。
俺から引き離そうとしたカイルの判断は正しい。
我が道を進むことを諦められないなら突き放して置いていく。
離れがたいなら彼女の安全を第一に考えて自重する。
そのどちらも選ぼうとしない俺は、さぞかし無責任で最低な奴に見えるだろう。
でもまあ言い訳させてもらうなら、俺が巻き込もうとしたわけじゃない。
こいつが勝手についてきたんだ。
だから俺の答えは変わらない。
「……なあ、レナ」
緩む口元を隠そうともせず、両足に力を込めて立ち上がる。
大体つぎの動きを考えて決めようだなんて、柄じゃないことをしようと思ったのがまちがいだった。非日常に浮かされてどうかしてた。
「俺ちょっとカイルに喧嘩売ってくるけど、お前はどうする?」
もっとシンプルに、らしくいこうぜ、俺もお前も。