第四話(15)
レベッカ=バートンという嵐が去った後――おそらく彼女による視覚誤認が解ける間際に――シュナは素早く俺の頭に手刀を落とした。
「いっ……」
「本当に手癖が悪いな、お前は。 すこしはレナ=フェイルズを見習ったらどうだ?」
待てのできる利口な学生と俺を見比べ、わざとらしくため息をつく師匠に向かって舌を出す。
あいにく、猫被り姫とちがって、俺は自分の感情に素直に生きる主義なんでね。
「目の前に餌ぶら下げてきたのはあんただろ。深入りするなとか言っておいて」
「まあ、ちょっと落ち着きなさいよ。シュナ教官も、あまりノアで遊ばないでください。……説明はしてくださるんでしょう?」
俺とシュナの間に入ったレナが、私の術も長くは保たないから周り見て、と囁く。
ベッカの術が解かれた後も、注目はさほど集まっていない。珍しい取り合わせでもないし、遠巻きにこちらを見ている連中は単純にレナに話しかける機会をうかがっているだけだろう。
例年大人気のはずのレナがカイルのように囲まれないのは、やはり俺と一緒にいるせいだろうか。
シュナは軽く首肯し、小声で答えた。
「あれは【宵牙】の劣化コピーだ」
その音の響きにピンとくるものがあった。
創世譚に登場する神は三柱。
循環の風。創造の光。破壊の闇。
考えてもみれば、【飆牙】が風の神ゆかりの品物だというのなら、光や闇にも同じような剣があるのは道理だろう。
「魔器たる剣は数あれど、この世に神剣と称されるものは三つしかない。主なき【飆牙】は刀身を見ることさえ許さず、【耀牙】は伝承にのみ名を残して所在不明、残る【宵牙】は幾度となく争いの種になり――最終的にはヴィストリア王家に渡ったと聞くが、私も現物を見たことはない」
ヴィストリアは、人間が治める国としては最大の王国であり、周りの弱小国家が束になっても相手にならない圧倒的な力で争いの時代を終わらせた大陸の覇者だ。
その権威の象徴が【宵牙】というわけか。
ひと口に神剣といっても随分と性格が違うらしい。
「そういう経緯だ、ヴィストリアが【飆牙】の主をどう思うか、予想はつくだろう」
ニヤリと笑う女傑は、俺の置かれた立場を面白がってすらいるようだった。ああうん、そういう奴だよな、シュナ=フェブリテってのは。つまり弟子が苦境に置かれることを愉しむタイプ。
嫌な予感を覚えた俺は、こそこそと博識な幼馴染に確認する。
「……カイルの家って、まさか」
「ヴィストリアの旧家よ」
「なるほどね」
そりゃ俺のことは気に食わないわな。
講堂でハゲに異議申し立てていたおっさんの行動も頷けるというか、むしろ終始穏やかに接してきたカイルの方が不気味に思えるくらいだ。
「でも、コウはどうしてそんなものを試験に」
「そう。問題は理由だ。彼女の語った想いは本物だろうが、レベッカ=バートンが世に出せる状態ではないと断じた試作品を人目に晒す動機としては弱すぎる」
優秀な幼馴染は、俺より数段早く答えを導き出した。
「……告発、を?」
主家の圧力に抗えずに持たされたのではなく、彼女は自らの意思で持ち出した。
「あるいは純粋に助けを求めたのかもしれないな。コウ=リステナーにとっての『憧れ』に――いずれにしろ私は彼女の覚悟を甘く見ていたようだ」




