第四話(14)
咳払いをして場の空気を変えたシュナが、ちらりと俺とレナを眺めて、すぐに視線をベッカに移した。
「ところで、レベッカ=バートン。私は君に弟子の解剖を頼んだ覚えはないのだが……例の件はどうなった?」
「ああ……私ああいうの趣味じゃないんですけど……ノアくん調べる方がよっぽど楽しそうなのに……はあ。ちゃんと解析はしましたから、約束の単位くださいね?」
あからさまにテンションを落としたベッカは、ぶつぶつと呟きながら、音もなく取り出した書類の束をシュナに差し出す。
いままで魔術で隠していたらしい。
半信半疑だったけど、本当に得意分野に関しては優秀なんだな。
受け取った紙をまくりながら、シュナはベッカとの会話を続ける。
「意外だな。嬉々として調べているものかと思っていた」
「好奇心をそそられたのは事実ですし、素材の味を引き出すのが私のポリシーですけどね。それとこれとは別の話なんですよ。あれは……」
あるページの内容を注視して、シュナの手が止まる。
「なるほどな」
横から覗き込もうとした俺を片手で制して、シュナは獲物を見つけた獣のように目を細める。
「君の気に入らないわけだ」
「ええ、そうです。まるで模倣と呼ぶのもおこがましいくらいの精度の試作品、致命的副作用を抱えた劣悪な代物を世に出すなんて考えられませんよ」
さらに隙をみてシュナの手から資料を抜き取ろうとしたが、指先の動きだけで軽くかわされる。
ちっ、完全に読まれていたか。ダメでもともと、小手先の技術が彼女に通用するとは思っていなかったが……。
俺の行動に気づいたレナから冷ややかな目線を向けられる。どうせ気になってるくせに、この優等生は俺と違い、行儀良くなりゆきを見守っている。
シュナはまったく意に介さずに資料を読み通し、その束をベッカに返却した。
「君が製作者ならば、どう改良する?」
「……安定性を捨てて、より尖った性能にするでしょうね。なにを犠牲にしたとしても。そういう意図を感じます。代償に見合うとは思えないのに」
うんざりとした口調で答えたベッカは、言っておきますが私と製作者は絶対に気が合わないと思いますよ、とため息まじりに付け足した。
「誰しも一線を踏み越えられる瞬間というのはあるものだ。手段を選んでいられないほど追い詰められているのならば」
「そんなふうには見えませんが」
「他人の事情など傍目には分からないものさ。ああいうタイプは特に――」
茶褐色の瞳が見据えた先には、来賓と談笑するカイルの姿があった。
「んー、クラスメイトとして見てきたかぎり、ヴェルッカ=イーリアスは根っからの善人ですよ。十八番は光魔術ですし」
「だろうな」
「念のためリステナーさんには弟をつけましたけど、特に問題なさそうですし……本当に彼女があれを?」
二人のやり取りから、シュナがベッカに依頼した内容を悟る。
やはり――進級試験のときの、あの剣か。
「と、そろそろイーリアスのやつが勘づきそうですね」
「ああ、十分だ。協力に感謝する」
「報酬はお弟子さんでどうか。あと単位! お忘れなく!」
「後者は覚えておこう。前者は自分で交渉しろ」
「えー……」
ベッカの注意が向く前に、俺は全速力で顔を逸らした。死んでも目を合わせたくない。
「つれないところも可愛いから良しとしますか。じゃ、また今度うちの研究室きてね! ノアくん」
「誰が行くか」
乱雑に吐き捨てた俺を、今回ばかりはレナも咎めなかった。




