第一話(6)
足がかりになるような凹凸はまるでない、つるりとした壁面。下から見上げると、垂直にそびえたつ壁は、なかなかの高さがある。
現在は使われてないとはいえ、もともと浮遊術の使用を前提として作られた倉庫の屋上だ。魔術なしに行き来できる場所じゃない。
――俺みたいな、『規格外』を除けば。
魔術の素養に恵まれなかった代わりに、身体能力には恵まれた。あるもんは有効活用して、悪さもしながら生き延びてきた……けど、まさか若づくりのオッサンから財布スろうとして、防護魔術に弾き飛ばされるなんて思わねーよ。それで特異体質と魔力が一気にバレた。
「なんでそう、あんたって無茶苦茶なの? この高さ、生身で跳び降りるなんてありえない」
遅れて着地したレナが、降下に使った足場を消しながら言う。予想よりも早い到着に、こいつもこいつで規格外だってことを再認識する。
「って言われてもね。できるもんはしかたないだろ」
「絶対おかしい……っていうか、魔術も使わずにどうやってあんな場所に……」
納得がいかないと文句を言うレナに、俺は黙って隣の木を見上げた。
倉庫よりやや背の高い、見事な枝ぶりの大樹。魔術は自然と相性がいいらしく、こんな木は学園のあちこちに生えている。枝を切り落とされることもないから、登りやすくて助かる。
「ありえない……!」
今度こそ頭を抱えたレナをおいて、さっさと別の場所に移動しようかと思ったときだった。
「――ああ!」
「なんだよ」
悲壮な叫び声に、渋々足を止めて振りかえる。
レナは、青ざめた顔で、時を示す砂時計を確認していた。
「次、FDなのに」
「FD?」
『Fighting Dome』は、戦闘用に作られた施設だ。主に上級生の実技演習で使われる、かなり本格的な闘技場。俺ら中級生だと、魔術実技でたまに使うくらいで、そんなに縁のある施設じゃない。
学園の端に位置していることもあって、俺が近づいたことはほとんどなかった。魔術実技なんて出席したくない授業の筆頭だからな。
……しかし、妙だ。
「クソジジイの講義なら、明日じゃなかったか?」
「今日から剣の実技なの! シュナ教官、遅刻者に厳しいって噂なのに。うわあ、どうしよう」
剣? ああ、そういや上級生になれば剣魔術を扱うから、昇級前に訓練するようなこと言ってたな、たしか――シュナ?