第四話(7)
カイルたちは会場中の注目を集めながら、完璧な身のこなしで円を描いていく。さすが上流階級出身の王子様というか、そもそもこの会の常連だったか。七回生でいきなり首席になったわけじゃあるまいし。
その点はレナも同じはずなんだけど……完全にパニクっていて当てにはならなさそうだ。曲の終わりが近づいていくのが、彼女の顔色の変化でなんとなくわかる。
そろそろ出るしかない、が、俺ひとりならまだしも、レナが道連れか。大口叩いた手前、すこしでもヘマをすればカイルに何を言われるかわかったものじゃない。苦々しく思った瞬間、意図せず吐息が漏れた。
「――"やれやれ"」
その声が自分の喉から出たことに、一瞬気づかなかった。自覚するのが早いか否か、怪訝な顔をしたレナと視線が合い、彼女の目が丸く見開かれる。
レナの前に片手を差し出し、人生で一度も浮かべたことがないだろう柔らかい表情で微笑していたのだ。俺が。
は?
音も聞こえる、目も見える、触感もある。たしかに俺の身体なのに、それは俺の声なのに、俺の意識が反映されていない。なんだこれ。なんで。
「一曲お相手願えますか、お姫様?」
おい待てなんだ今の。俺じゃない! 間違っても俺じゃないから、レナてめえ化け物を見るような顔をやめろ。
一瞬のフリーズから立ち直ったレナは、芝居がかったポーズを崩さない俺を胡乱な目で睨む。
「もう、ふざけてる場合じゃ――」
「あのくらいの動き、見ればわかる。俺にできるってことは当然お前にもできるさ」
力強い言葉に虚をつかれたように、レナは言葉を飲み込み、フェードアウトしていく一曲目の余韻を聴きながら、やがて覚悟を決めるように手を重ねた。
「言っておくけど、私は普通に踊れるからね」
もちろん、そんなこと俺は知っている。
というより……さっきの言葉、レナに答えるようにみせかけて、本当は俺に向けられていたんじゃないか?
その証拠に、今この身体を操っている意識は、レナも含めて会場内の誰の存在も気に留めていない。表面上は人あたりよく微笑んでいるが、その実、自分以外の有象無象に一切の関心を払っていない。
値踏みするように返される無数の視線もどこ吹く風、そいつは周りの思惑をまるっきり無視して悠々と足を進めていく。勝手に流れていく景色の中に、カイルの背中が一瞬入り、すぐに視界から外れた。
静止。一礼。
向き合って左手をレナの右手と繋ぎ、背中に右手を添える。目があった一瞬、青い瞳の中に俺の姿が映り込んだ。
――つぎの曲が、始まる。




