第四話(6)
ホールの中は音と光に溢れていた。色とりどりの魔術陣が宙に浮かび、格式高い――といえば聞こえがいいが要するに古くて堅苦しい内装を華やかに彩る。
島外からのゲストを出迎えるにあたり、魔術学園は溜め込んだ知識と才能を惜しみなく使い、浮世離れした空間を演出するのだ。どんな大国の圧力にも屈しない学び舎の誇りを示して。
ダンスパーティーだなんて面倒くさい行事には一切顔を出してこなかったから、夜会の装飾は初めて見るものばかりだ。
「魔術って便利だな」
「いまさら?」
何年この島で育ってるのよ、とあきれたようにレナが言う。彼女にとっては見慣れた景色だろうけど、俺にとっては目新しい術式がいくつも並んでいる。実用的じゃないこの手の応用は一部の学生しか学ばない。まあ、学んだところでどうせ俺には使えないわけだが。
「ねえ、ノア」
重厚な音楽にまぎれて、レナがぽつりと声を漏らす。
「今までずっと聞けなかったことがあるんだけど」
ゆったりとした入場曲が鳴り止み、中空を漂っていた魔術糸の譜面が解けて消えた。思い思いに歓談していた参加者たちの視線が、主役の登場を待ちわびるように中央にぽっかりと空いたスペースに移る。
一瞬の静寂と、緊張感。
ウィルとコウとは入り口で一旦別れた。今俺たちは、赤い毛氈の引かれた通路の端で、微妙な距離感を保ちながら、じっとその時を待っていた。ついさっきまで忘れていたし、そのまま忘れていたかった。
「……踊れるの?」
そう。俺は、夜会になんてただの一度も出たことなければ、見たこともない。もちろん社交ダンスなんてものも、だ。
「無理に決まってるだろ」
「ちょっと」
信じられない、という顔で見上げてくるレナに対して、いまさら何を言ってるんだと来賓に見えないように舌を出す。
「そんなん適当に、ってかレナにかかれば操るなりなんなりできるんじゃねーの?」
「絶対無理!」
「なんでだよ、予想してただろ!?」
「してても無理なものは無理――って、ああもうカイル先輩たちが行っちゃった」
レナは蒼白な顔をして中央に進み出ていくペアの背中を見送る。
詰襟の白衣を一部の隙もなく着こなした学園のオウジサマは、優雅な足取りで会場を横切り、深紅のドレスをまとう女性と共に一礼した。
総代表と呼ばれる通り、最高学年の首席ペアは魔術学園の顔だ。そして他学年の首席ペアの扱いは彼らに準じる。つまり次に順番が回ってくるのは俺たち、というわけだ。
ふたたび音楽が鳴り始める。
さっきの曲との違いは俺にはよくわからないが、この曲が終わると同時に俺とレナはフロアに出なければならない。
……嫌な汗が背中を伝い落ちていった。




