第一話(5)
あわててレナを止めようとするが、遅かった。
「ふざけんなよ、この馬鹿! どこに降りるつもりだ」
「うるっさいなあ。わかってるなら早くどきなさいよ」
「はあ!?」
言うが早いか飛びこんできたレナを避けることもできず、正面衝突する形で倒れこむ。しかたなく受けとめた体勢のまま、がつん、と背中に衝撃が走った。
「いって……」
鈍痛にうめく俺を見下ろして、すばやく身を起こした犯人は鼻で笑う。
「ふん。ざまあ」
「くっそ、なんで俺に対してだけ態度悪いんだよ! 猫被りが」
昔からこいつは、常に気配りを忘れない優等生を演じながら、陰で俺にだけつっかかってくる。いや、優等生なのは事実か。間違ってもオヒメサマなんかじゃない、じゃじゃ馬ってだけで。
「しかたないでしょ、レナ=フェイルズは『姫』なんだから」
「やめちまえ、そんなもん」
吐きすてた俺に、レナは苦笑する。
「それは無理だね。こんな環境だもん、夢を売り歩く偶像だって必要じゃない?」
「知るかよ。だったら常に演じてろっての」
「なんでノアに気を使わなきゃいけないの」
「てめえ……」
ひくり、とこめかみを引きつらせた俺を見て、レナが笑う。大口を開けて、腹を抱えて。淑女にはあるまじき風体だけど、この方がレナらしい。
――しかし、お姫さまになれきった学園生が見たらどうなることかね。
なんとなく毒気をぬかれて、ため息を吐きながら立ち上がる。まだ背中はじんじんと痛むけど、気になるほどじゃない。ローブについた汚れを適当に払って、レナに背を向けた。
「ねえ、つぎも……出ないの?」
ポツリと、投げかけられた問いは寂しげで、瞬間言葉につまった。演じるわけでもなく、おとなしいレナには、調子が狂わされて困る。
「意味、ないだろ」
おなじ言い訳を重ねて、屋根の縁に足をかけた。
――意味がない。理由がない。
なんだかんだ御託ならべて、逃げてるだけだ。わかってる。
でも。
「じゃあな」
足先に力を入れて一息に跳び降り、迫りくる地面にそなえて体勢を整える。
流れていく景色は一瞬。内臓が浮き上がる不快感に耐えて、そろそろか。
3、2、1――神経を研ぎ澄ませて、バネを意識しながら衝撃を逃がす。
「ッばかノア!」
地面に降りた直後、レナの罵声が降ってきた。
あーうるさいうるさい。でも、やっぱその方がお前らしいよ。