第四話 Shall we dance?<下>(1)
「だーかーら、わるかったって! まさかあんなに食いつくとは思わなかったんだよ」
正装に着替えたウィルが延々と平謝りする声を聞き流し、俺はホワイエの入り口でぐったりと壁にもたれかかっていた。
「ああそう……」
夜会の本番はこれからだというのに、始まる前から疲れ切っている。もはやなにか言い返す気力もない。
ウィルが着ているのは、どこにでも吊るされている一般的な形の礼服だ。
一方の俺はというと完全なるオーダーメイド。というよりも、魔力を込めた糸で織り上げた一種の芸術品といった方が正しい。もちろん作者はベッカ。
魔術衣とか魔術縫製とか呼ばれる特殊技能で、霊力で構成される精霊の衣――霊衣を魔力で再現する研究の副産物として生まれたものだ。
当初は特殊効果を付与した戦闘衣への応用も期待されていたけど、人が込められる魔力の恩恵なんてたかが知れていた。情勢が落ちついた今ではもっぱら服飾に転用されている。
魔力で織り上げる性質上、魔術縫製の衣装はデザインの自由度が高くて、術者をかき集めれば製作にかかる時間を大幅に短縮できるのが特徴、とかなんとかベッカが話してた。ほとんど聞き流したから細かい理屈は忘れた。
正直、詰襟がうざったいし、燕尾は邪魔だし、全体的にパリッとしていて落ち着かない。いつものローブと同じ黒色なのがまだ救いだが。
ああ、くそ、今すぐ帰りたい。そもそもなんで俺はここにいるんだ。午前中の歓迎会はサボったってのに、どうして夜は逃げられ……ああそうだベッカに捕縛されたんだ。なんなんだあの勢いは。
「お前の姉は、どんな権力を持ってるんだ……」
先日俺を捕縛した集団の指揮者、ベッカことレベッカ=バートンは、ウィリアム=バートンの実の姉らしい。もちろん情報の伝達源はこいつ。噂を煽ったのもどうせウィルだろう。
成績優秀とは言いがたい弟とは違い、自分でトップクラスと名乗るだけあって、ベッカの魔術の腕はよかった。
操糸の速さも正確さも、学園トップクラスを自称するだけのことはある。身をもって体感した拘束魔術は強度も一級品だった。完全に不意を突かれたのもあるが、あれに絡め取られたら自力では抜け出せない。
もしかすると【飆牙】さえ協力してくれればなんとかなったのかもしれないが――。
《あんな馬鹿馬鹿しい騒動に僕を巻き込むとか正気?》
と、全力で蔑む相棒の声が聞こえた気がした。さすがに幻聴だ。お偉いさん含む来賓が集まる場に持ち込むことは許されず、あいつは今頃、俺の部屋で留守番している。
セキュリティチェックに引っかかることも、警備に預けられずにひと悶着起こることも、簡単に予想できたから置いてきた。どうせ、あんな危険物を盗めるような人間はいない。




