第三話(14)
「誰かと思えば、きみか。ノア=セルケトール」
「……どうも」
腹をくくって、カイルに向き直る。相手の声はどこまでも穏やかで敵意を感じせないが、友好的な態度で本心を押し隠すのは上流階級の十八番だからな。
「俺のことなんて覚えてたんですね、センパイ?」
長身のカイルは俺より頭半分ほど背が高く、自然と下から見上げる形になる。
上背があるのもあって、物腰が柔らかくはあるが、女性的には見えない。肩につくほどの長さの金髪を緩く束ねて垂らし、その瞳の色は目の覚めるような青。すっと通った鼻筋と、理知的な光を湛えた切れ長の目が、怜悧な印象を与える美男――なるほど、これが王子様ね。
一見、線が細く見えるが、七回生首席の実力は疑いようがない。あの鬼教官が褒めていたくらいだから、相当腕は立つんだろう。
「先日の一件があって尚、きみを知らない学園生はいないだろう。しかし歓談中の女性を遠くから呼びつけるなんて、少々無作法ではないかな」
「あいにく育ちが悪いんで、まわりくどいやり方できないんすよね」
あんたと違って。
さすがの貴公子も直球の皮肉は響いたのか、視線に険がのる。それでも口もとは薄く微笑んだままだってのが、庶民の感覚からしたら不気味だよな。
実際、自分の影響力を分かった上で、人目のある場所に押しかけてんだから言われても仕方ないと思うけど?
親しげに話してたなんて噂が広がれば広がるほど、レナの逃げ場はなくなる。意識的か無意識か知らないが、追い込み漁のようなやり口が気に入らない。
だいたい全部が気に入らないけどな。
静かに火花を散らす俺とカイルの間で、どちらを止めるべきかとレナが視線をさまよわせる。
先に視線を逸らしたのはカイルだった。付き合いきれないとでも言いたげなため息を吐いて、レナに笑いかける。
「僕と彼女の話に、きみは関係ないだろう。――レナ嬢、あなたにとって決して損はない話だ。色よい返事を期待している」
「ええ、それは」
「悪いけど、関係はあるっていうか」
レナが答える前に肩を掴んで静止して、強引に話に割り込む。
「こいつがいないと俺が困るんで、貸し出しは無理っす。どーぞ他当たってください」
渾身の作り笑顔で言い切った俺を、言葉をのみこんだレナが、なんとも言えない顔をして見上げてきた。
なんだよ、文句あるならハッキリ言えよ。