第三話(11)
「姫! おぅ――じゃなかった、カイル先輩きたよ」
教室に駆け込んできた学生の叫びに、レナがあからさまに嫌そうな顔をする。
「ああもう、ノアがのんきに寝てるから……」
「なんで俺が関係するんだよ」
「あんたを起こしてて帰りそこねたの。捕まらないようにしてたのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、それでもレナは席を立つ。今日の講義はこれで終わりだ。夕陽のさす教室に残っている学生もまばらになりつつあった。
彼女の向かう先には、貴公子然とした柔らかな笑みを浮かべて待ち受ける青年――ヴェルッカ=イーリアスの姿が見える。
お貴族様の例に漏れない金髪碧眼。お上品に後頭部で結わえた長髪といい、指先まで神経を払った優雅な所作といい、庶民に混ざりきらない上流階級の空気感が鼻につく。っていうのはだいぶ斜に構えた俺の個人的な評価で、実際プライドは高いらしいが、人望も高い。
レナも見た目だけは貴族のお嬢様のような華やかさだし、いつも隙なく身だしなみを整えているタイプだから、あの二人が並ぶと本当に絵になる。
カイルがなにか話しかけて、レナがにこやかに答える。
先ほどの表情はどこへやら、まったく見事な変わり身だ。張り付けた愛想笑いはいつものことだけど、なんだかんだ楽しそうにしてるじゃねえの。それもそうか、レナが嫌がってたのはカイル本人というより血統にうるさい面倒な取り巻きだからな。
金髪碧眼の美男美女。
遠目に見る二人の様子は、まるで一枚の絵画、それも宗教画のようだった。
「なんだかんだ言っても姫は姫だよなー。最後は王子様が迎えにきちゃうわけですか」
どこからともなくひょっこりと現れたウィルが、勝手なことを言いながら背中にもたれかかってきて、俺の上体を机に押しつぶす。
「さてどうするよ、ノアくん?」
「どうもこうも行きたくないなら行かなきゃいいのになとしか」
「いいの? 姫とられちゃうかもよ?」
「だから俺には関係ないって」
「ほんとうに?」
「うるせーな」
俺にどうしろって言うんだよ。体を強引に起こして、しつこく食い下がってくるウィルを落とす。邪魔な重みが消えてせいせいした。
イーリアス家、ねえ。
シュナの話を思えば、あまり深入りしない方がいいんだろうが。
断りたきゃ勝手に断るだろ。あのレナだぞ? 猫かぶりしてたって軽くかわしてたのに、本性さらけ出せば簡単に追い返せるだろ。長話してるくらいだし、まんざらでもないんじゃねーの。




