第三話(2)
そもそもの元凶は、一週間前に遡る。
全校生徒が詰め込まれた講堂内には、頭頂部が禿散らかったおっさんのダミ声が、無駄に高度な拡声魔術を通して粛々と響き渡っていた。
「――で、あるからして――この善き日に、本校の誇りと伝統を受け継ぐ新たな――」
あー、だるい。
かったるい。
古びた講堂は、一学年およそ百名、一回生から七回生まで、七百弱もの学生が肩を並べるには狭すぎる。
壇上に立つおっさんと、その脇に控える教職員はまだいいだろうが、左右の学生と肩が触れるような距離感で並ばされるこっちの身にもなってみろよ――と、油断して舟をこいだ拍子にシュナから刺すような視線が送られ、後ろ手を組んだままピシッと背筋を伸ばしなおす。くっそ鬼教官め。
形だけはなんとか姿勢を保ち、ひっきりなしに飛び出そうなあくびを必死で噛み殺しながら、俺はすこしでも油断をすれば飛びそうになる意識をつなぎとめていた。
いつまでつづくんだこれ。さっさと終われ。
「――は大変喜ばしいことです。また先日行われた進級試験においては――名の学生が日々の鍛錬の成果を示し――その努力をここに讃え――」
むしろ、今この努力をだれかに讃えてもらいたいね。
毎年毎年、なんも変わらない退屈な儀礼に付き合ってやってんだからさ。
それでも壇上に立つのが前学長クリス=セルケトールであるからこそ、俺はおとなしく出席して話を聞いていたんだ。まちがっても、老いが表面化する程度の魔力しか持たないくせにコネで後釜に座ったような禿の話を聞くためじゃない。
毛嫌いしているのはお互いさまで、あいつは養父が亡くなった後、俺の後見も引き継いだようなものなのに、なんの接触もしてこなかった。追い出されることもなく、呼び出されることもなく、完全になかったことにされた。
「なかでも――は前例のない――」
ああくそ、もう限界だ。後のことなんざ知るか。
レナに怒鳴られ、シュナには半殺しにされるかもしれないが、そんなことより今が惜しい。
姿勢を崩して、こっそり抜け出してしまおうと考えた、その直後だった。
聞いていたくもないおっさんの声で、俺の名が呼ばれる。
「ノア=セルケトール! 前へ」
……は?
いやいやいや気のせいだろう。
「ノア、はやく」
こそこそと囁きながら、隣のレナが俺を小突く。
「はやくったって……なにを」
「いいから前へ出て。もう、私に代わって首席になったんだからしっかりしてよ!」