第三話 Shall we dance?<上>(1)
養父に手を引かれた日から、六回目の春がくる。
仰向けになって蒼天を眺めながら、深呼吸――生ぬるい風が運んできた花の香りに、季節の移ろいを知る。
なあ、義父さん。俺はまだ変わらず、この離島のちっぽけな世界に繋がれているよ。
生きたいと願った。
ゴミ溜めの中よりかは余程マシだろうと、自由と引き換えに安寧を手に入れた。
何者かになれると期待した。
何者にもなれないと悟った。
生ぬるい受容に浸り、後ろ盾を失って、なんの希望もないまま、――このままずっと、なんでもない平穏が続くのだろうと思っていた。
誰にも望まれず、否定もされず、埃かぶった部屋の片隅に置き忘れられた彫像のように生きていくのだと、ほんの少し前までは思っていたのだ。
それが、まさか。
《きみ、いつまでそうしてるつもり?》
思考に割り込んでくる、俺のものではないモノの言葉。
生意気な少年のような思念が、穏やかな昼下がりの休息、という名の現実逃避をぶち壊してくる。
《ほーら、またきた。お姫様方がお呼びだよ》
脇に置いた【飆牙】から小馬鹿にしたような声が伝わってくるのが早いか、なにかが一斉に近づいてくる気配がする。
バタバタと下から響いてくる足音は、一人や二人のものではない。
面白がってるだろお前。他人事だと思いやがって。
「ノアくんいたー?」
「ぜんぜん見つかんない! どこ隠れたのかしら」
「今日こそ捕まえないと準備間に合わなくなっちゃうのに」
「あんた同じ寮でしょ、なにか知らないの?」
「朝早くに出てったっきり誰も見てないって」
眼下を覗けば狩人の姿。きゃーきゃーわーわー、仲がいいのか悪いのかわからない問答をつづけながら、あたりを捜索する彼女たちの目はギラついている。
「こんなことになるとはなあ……」
まさか学園生総出――いや正確には女子学生の過半数――で俺の捜索隊が組まれるなど、誰が予想しただろう。
レナ曰く「魔術もなしに上がるなんてありえない」ここなら安全だと思ったんだが。
お気に入りのサボり場、旧倉庫の屋上が見つかるのも時間の問題か。いや、バレて使えなくなるくらいなら、偶然装って適当に出ていくか?
「見つけたら縛ってでも連れていくわよ……!」
あ、無理。やっぱ無理。
見知らぬ女子学生の浮かべた鬼気迫る表情を見て、俺は絶対に捕まらないようにしようと心に決めた。
影が落ちないよう息を潜めて寝返りながら、まったくどうしてこんなことになったのか、と空に向けてため息をつく。
ああ、めんどくせえ。
こんな騒動に巻き込まれるくらいなら、全校生徒から無視されたままで構わなかったのに。