第一話(3)
「またそんなところでサボって……!」
片手を腰に、もう一方の腕を伸ばしてまっすぐに俺を指し示すレナは、ずいぶんとご立腹。黙ってさえいりゃあなあ、ほんと。
「毎回毎回、なんで高いところにばっかいるのよ。探す方の身にもなってよね!」
距離を物ともせず響く甲高い声に耳を塞ぐ。すぐこれだ。なんでと言われても説明するほどの理由はない。なんとなく好きなんだよ。空が。
「べつに頼んでないしな」
「なんか言った!?」
キッと俺を睨みあげたレナに、ひらひらと片手を振るって降参の意思表明。こういうときは、下手に逆らわないに限る。火に油を注いで、説教が長引くのは避けたいところ。……いまさらか。
「いい加減、授業サボるのやめたら? こんなこと続けてたら、どんどん心象悪くなるよ」
「どうせ意味ないし」
「ノア!」
「事実じゃん。どれだけ理論をたたき込まれたって、実践できないんじゃ無意味。そもそも、俺に学者は向いてない」
いまどき魔術が使えなけりゃ末端の騎士にさえなれない。せいぜい使い捨てられる駒が関の山だろう。
小耳に挟む国際情勢は『神童』有するヴィストリア王国の一強で、小競り合いも減った。兵の使い道もないことだし、奇跡的に卒業したところで、ろくな就職先は思い描けない。
……つーか、考えれば考えるほど、俺ってここにいる意味ないよなあ。
気づいたら独りだった。
それ以前の記憶はなにもない。
親の顔も知らずにさまよって、うっかり手を出した相手が魔術学園の学長だった。魔力があることがバレたから、半ば強制的に保護されて、ここに入学させられた。
よくある、とまでは言わないけど、ままある筋書きだ。
魔力の強いガキを野放しにすることは危険。そりゃ俺にもわかる。保護の名目として養子縁組させられたのは、まあ、大人の事情ってやつだろう。その辺の事情はよく知らないけど、べつにいい。
最大にして唯一の誤算は、俺が魔術の一切を使えなかったこと。
――行使できない力に、なんの意味がある?
実力主義を極めたこの学園で、俺の存在は異端としか言いようがなかった。
魔力自体が消えたわけでもなくて、ただ外に出せない。形として練りあげることができない。理由もわかっちゃいないから、俺は解放されることのないまま、この学園に留め置かれてきた。
どうせ行くあてもない。放りだされないことを幸運に思うべきなのか、それとも、恨むべきなのか。正直なところわからない。
わかってるのは、俺はこのまま、いつか無意味に死ぬんだろうってこと。大半の人間とおなじように。