第二話(17)
――どこに、と思う間もなく、俺の身体は横に飛んでいた。
その場へ振り下ろされる、黒い大剣。
ほとんど転がるようにして避けて、間一髪、制服の横を掠めていった質量の起こす風に内心身震いしながら、なんとか横薙ぎに抜刀して斬り返す。すでにシュナの脚がそこにないことには気づいていた。追撃を避けるためだけの虚仮威しだ。
案の定、悠々と俺の攻撃をかわしたシュナは、後ろに下がって距離をとっている。
なんだ今の。見えないどころか、正直いつどこから来るかまったくわからなかった。反応できたのはほとんど反射だ。なにも考えずに本能的な恐怖心で身体が逃げていた。
「避けるか。すこしは学んだようだ」
「初手で殺す気か……」
「安心しろ、死なない程度に止めてやる。恐怖を抱くのは良い成長だが、一分と持たずに倒れる軟弱者にくれてやる点はないな」
クッと好戦的に喉を鳴らしたシュナが、大剣を構えなおす。
「そういう手加減は抜きでこいよ」
「減らず口め。泣いて後悔してもしらんぞ」
「冗談!」
白銀の刃を煌めかせる【飆牙】の柄を握り直して、切っ先を上げる。
そうは言っても、対峙する敵は、今の俺からしたら異次元なくらい強い。さっき感じた恐怖が全身に染みついたようだ。目を合わせているだけで、膝が震えそうになる。
たぶん、踏み込んだら一瞬でやられる。踏み込まれても速攻やられる。負けるイメージが無数に見える。受け入れろ、それが現実だ。
シュナが動く。
「っ……!」
――右下。
半ば第六感に頼って迫りくる刃をかわし、払う。見えない。わからない。わかるまで待っていたら、間に合わない。
逃すものかとばかりに薙ぎ払ってきた第二撃を、上に跳んで躱す。
となれば、次は必然的に下からか。そちらに刃を向けて牽制し――いや、ちがう、落下点で再び脚狙い!
あわてて【飆牙】を間に差し込みながら手をついて、離れた場所に跳ね起きる。――【飆牙】のまとう風を警戒しているのか、接触する前にシュナの剣は引いた。
あっぶね、足首か手首、持ってかれるとこだった。というか、おそらく【飆牙】でなければそのまま体勢を崩されていた。
いちいち狙いどころが際どい上に切り返しが鬼のように速い。魔術の補助がない状態で、あれだけの大きさの剣を軽々と振るうシュナも、大概人間離れしている。これで最盛期過ぎてるって嘘だろう。
どうする? 次に間合いに入ったら、あの獣は確実に俺を仕留めてくるだろう。まったく、大人げもなく爛々とした目だ。
化け物じみた強さを感じられる程度には俺も成長したってことだろうか。ぜんぜん喜んでられる状況じゃねーんだけど、でも、こみ上げてくるものもある。
――人間は、魔術がなくても、ここまで強くなれるのか。