第二話(16)
粛々と進められた残りの数十試合の間、一人で試験官を務めるシュナに他にかまっている余裕はなく、一切の説明がないまま放置された俺のフラストレーションは、ようやく出番を迎える頃には爆発寸前に高まっていた。
そして今、目の前には、越えられる気のしない、腹立たしくも高い壁がある。
「ただいまから、最終試合を執り行います。出席番号九十七番、ノア=セルケトール。シュナ=フェブリテ教官。――両者、向かい合って、礼」
代行を頼まれたレナが、不安げな顔をしながら口上を述べ、俺とシュナの中心に手を下ろす。
それに合わせて頭を下げて、鞘に収めたまま腰に下げた【飆牙】に手を添える。こいつを使いはするけど、あの風は借りない。俺の力で、この憎たらしい師匠に追いつきたい。
というか、正直なんでもいいから一泡吹かせてやりたい。
「さて、覚悟はいいな、馬鹿弟子」
「その暑苦しい外套、脱いでおいた方がいいんじゃないですかね、シュナ教官?」
あてこするように丁寧な物言いをする俺を、シュナは鼻で笑った。
「私に助言とは十年早い。自分の進級ラインを忘れたか?」
こちらに向けられるレナの視線が、心なしか冷たくなる。
やめろ掘り返すな。俺が悪いのは知ってるけど!
「うっせーな勝てばいいんだろ、勝てば! ――あんたには言ってやりたい文句が腐るほどあんだよ」
「しつこい男は嫌われるぞ、少年」
軽口を叩き合いながら、しかしシュナの瞳はまったく笑っていなかった。奥深くで燻る、興奮の光。ああ、やはりシュナ=フェブリテは、そうでなくては。戦場を駆ける鬼人、かつて俺の憧れた獣が、そこにいた。
じわじわと増していく威圧感に、空気が張り詰めていく。
ごくり、と唾を飲み下して、腰を落とす。
シュナは動かない。余裕の表情を崩さずに、なんでもないような恰好をして、視線だけはしっかりと俺の目を捉えている。
その右手に握られた抜き身の剣は、刃の潰れた練習用のものではない。いつか俺に振り下ろしてきた大剣だ。黒々とした刀身は、これまでどれだけの血を浴びてきたのか――静かな迫力が、あれもまた相応の魔力がなければ触れることさえ許さない魔器であることを知らしめてくる。
双方の動きが止まったことを確認して、レナが浮遊術を使って、上空に砂時計を浮かせる。
その状態で、もう一呼吸。睨みあったまま、深く息を吸う。
一瞬の、静寂。
そして。
「始め――!」
レナの手が振り上げられると同時に、砂時計は反転し、シュナ=フェブリテの姿が消えた。




