第二話(15)
その場に残された微妙な空気を、豪快な笑い声が引き割いた。
爛れた魔傷をさらけ出しながら、この修羅場に弟子を置き去りにした薄情な師匠がフィールドに戻ってくる。
「いやはや、熱烈な告白を受けたものだなあ、ノア?」
「シュナ!」
「教官を付けろ馬鹿者」
シュナの手には、両断されたコウの剣が握られていた。その中央を束ねるように取り巻くのは、瘴気の流出を抑える結界術――やはりこの師は、その剣の性質を理解した上で試合を行わせたのだ。
「んなことよりなんで止めなかったんだよ」
「魔は人を誑かすが、根底にあるものは当人の感情だ。一概に悪とは言えない」
飄々と語るシュナの茶褐色の瞳が、座り込んだまま抱き合うレナとコウを映す。
「己を御すことができるのであれば、力になりこそすれ、直ちに害はない。あれほど感応が鋭ければ、遅かれ早かれ魔に触れただろう……いや、命に関わる前に止めるつもりはあったさ」
そう睨むなよ、と言われて、俺は初めて自分の表情を自覚した。
あの瞬間のコウの殺意は本物だった。
飛び込むのがあと少しでも遅れていれば――。
無意識に噛み締めていた奥歯から力を抜き、あわてて表情を緩める。失ってない。なにも。
「なるほど。彼女はああいうが、お前にとってレナ=フェイルズは特別ではあるようだな」
「はあ!? 誰が……」
「文句があるならば後でかかってこい――いつまで呆けている。十分後に試験を再開するぞ! 次の者の準備はできているんだろうな?」
バラバラと了承の声が上がり、学生たちが動き出す。その中に、人波をかき分けてこちらへ向かってくるウィルの姿も見えた。
「おい、シュナ」
「話は後だ。この場でそれを感じ取った者は、当事者の他には、お前と――レナ=フェイルズくらいだろう」
コウを支え起こしながら、こちらを振り向いたレナの視線は、シュナの手元の剣に固定されていた。
「レナ=フェイルズは残って学生をまとめろ。私はこれを片付けてくる。ウィリアム=バートン。いいところにきたな、コウ=リステナーを医務室へ連れて行け」
「うえ、俺っすか!?」
「返事は『はい』だ。早くしろ」
「はい!」
鬼教官の睨みに震え上がったウィルがフィールドに上がり、レナに代わってコウの肩を支える。
「待って、――シュナ教官。私は、いつまでに寮を出れば」
「コウ!?」
「お気づきでしょう……それは、正当な手続きで持ち込めるものではない……重大な規則違反、です」
レナが、ハッと息を飲む。俺はそんな規則があったなんて初めて知ったが、きっちり暗記している優等生が反応するのだから、間違いはないのだろう。
「ふむ。結構な覚悟だが――私はただ、試合中に折れた剣を安全のために回収しただけだ。勝敗が決した後のことは、弟子の不始末として目を瞑らざるをえないだろう。乱入した者ならともかく、簡単に折れる程度のものを持ち込んだことを咎める必要性は感じられんな」
「しかし、それでは――」
茶褐色の瞳が、いたずらな光を放つ。
「尤も、そんな状態で試験に臨む心構えは問題だ。私はくれぐれも丁重に扱うよう教えたはずだが、整備を怠るようでは得点は与えられない。リステナー家には、こちらから連絡を入れておく」
事実上の落第宣告を受けたコウは、まだ何かを言おうとして迷い、黙って深々と頭を下げた。