第二話(14)
「訂正させてもらうわ。私、こいつにとって、お姫様なんかじゃないもの」
学園の『姫』渾身の平手打ちで左頬を赤く染めたコウは、ぽかんと口を開けている。
いや、えっと、……はあ?
予想外の展開に動けない俺を、レナが指差して言う。
「いい? この馬鹿はね、本当は私のことだってどうでもいいの。誰のことも、自分のことでさえも、特別だと思ってないの。簡単に捨てちゃうの。こいつが酷いのなんて、当たり前のことなの」
ちょっと待てお前、ほんとさ、助けられといてその言い草はないだろう。っていうか、いつも被ってる特大の猫はどこいった?
「レ――」
「ノアは黙ってて」
ぴしゃり、と跳ね除けられて、ふたたび黙る。言いたいことは山ほどあるが口を挟める雰囲気ではなかった。
そして、俺以上に置いてけぼりなのが、周りの学生たちだ。レナの豹変についていけずに固まっている。
「レナ、フェイルズ……?」
たどたどしく名を呼んだまま目を丸くするコウは、レナの本性を知らなかったようだ。
「姫の称号なんて欲しいならあげるわ。私に勝ちたいなら何度でもかかってきなさい。魔術でも、剣でも、あなたにだったら負けてもいい。だけど、……だけど、ノアはだめ。この馬鹿をつなぎとめるのは、私の役目なの!」
私がどんな思いで育ててきたと思ってるのよ、と鼻を鳴らし、高らかに宣言したレナ。
「おい」
どうしてそうなった。俺はお前に育てられた覚えはないし、そこまで言われる筋合いは。
そのとき、コウが吹き出すように笑った。
「くっ……ははっ」
凛と立つレナの姿をまぶしげに見つめながら、右手で口元を覆って、クスクス、クスクスと、笑う彼女の瞳から零れた涙が、まだ熱を持ったままの頬を伝って流れていく。
「うん……、うん。姫は、すごい、ね」
涙に濡れたコウの視線が俺を向いて、彼女は晴れやかな笑みを浮かべて言った。
「ノア=セルケトール。きみは私の憧れだった――昔から、ずっと」
そして緊張の糸が切れたように崩れ落ちた華奢な身体を、あわててレナが抱きとめる。寄り添う二人の少女は、目の端に涙を溜めながら、いつまでも笑い合っていた。
――だから待て、どういう流れでそうなった?
巻き込んでおいて勝手に納得してんじゃねーよ、と頬を引きつらせながら、立ち入ることを許されない二人の世界を前に俺は早々に理解を諦めたのだった。