第二話(12)
レナとコウの選んだ魔器は、互いに刺突に特化した細身の剣だ。斬り結ぶようなタイプじゃないが、それにしたってレナの動きが悪い。
自分からは攻撃をしかけず回避に徹して、まるでコウを宥めるように、なんども声をかけている。
レナ=フェイルズは、意地とプライドの塊だ。幼い頃から身体能力が人外と言われた俺の後を、どれだけ引き離しても、どれだけ泣かせても、追ってくることをやめなかった。
その負けん気で主席に立ち続けてきたやつが、やられっぱなしなんて受け入れるのか?
「だよなー。姫とコウ、喧嘩でもしたのかね」
ため息をつきながら、ウィルが言う。
「姫が受け身なのはいつものことだけど、あんなに攻撃的なコウ見たことない」
そうだ、レナは戸惑っていた。
あいつの猫かぶり演技ときたら嫌になるほど完璧なのに、あれだけの観衆に囲まれた中で、動揺を見せていた。
俺は普段の講義風景を知らない。
俺は普段の二人の関係を知らない。
「まさか――そういうことかよ」
俺は、普段のコウ=リステナーを知らない。
フィールドの中央から感じる禍々しい気配。徐々に膨れ上がっていくそれに、ウィルが気づいた様子はない。
がたり、と勢いよく腰を上げて、脇に置いていた【飆牙】をひっつかむ。ここからフィールドまでの道順、だめだ遠すぎる。壁から飛び降りた直線距離ならどうだ、いや――もう持たない。
「あ、おい、ノア?」
必要なのは、風。
「力を貸せ、【飆牙】――!」
柵を乗り越えて飛び降りながら叫ぶ。俺の声を聞け。俺の声に従え。跪いたのはお前だろう。
《きみに跪いたつもりはないんだけどね》
脳内に響いた生意気な相棒の声は不服げだったけれど、それでも、俺の周りを風が覆った。
冗談のように、全身が軽くなる。
奇妙な感覚だった。重さがない。重力を感じない。なにものにも縛られず、どこにでも飛んでいけるような、自由。
俺はこんな現象を知らない。
衝撃もないまま地面に降り立つと、そのまま強く蹴りつけて、滑るように駆ける。
知らないのに、身体は覚えている。このはてしない自由を、どう使えばいいのかがわかる。
同じように、向かう先にあふれる気配の正体を、たぶん俺は知っていた。
「残り30秒――」
試合時間のカウントダウンが始まると同時に、カァンと、乾いた音が響き渡る。
レナの剣が弾き飛ばされ、勝敗は決した。でも、きっと試合は終わらない。
くそ、――学生の壁がじゃまだ。
「どけ!」
なにぼーっと見てんだ馬鹿野郎ども。俺よりもよっぽどそいつを知ってるはずだろうが、お前ら。なんで気づかない?
フィールドを囲んだまま微動だにしない最後列の学生の肩を掴んで、上に跳びあがる。
見えた――レナは固まっていて動かない。
ためらいなく踏み込んだコウの剣の鋭利な切っ先が、無防備に晒されたレナの喉元をめがけて直進する。
フィールドに着地した俺は、同時に【飆牙】を抜き放ち、二人の間に飛び込んだ。
【飆牙】と接触した瞬間、コウの持つ剣の上半分が、簡単に斬り落とされて飛んでいく。
直後、学生たちの硬直が解け、どよめきが上がった。