第二話(10)
やわらかな金髪に包まれた後頭部を、呆然と見下ろす。
「そういうノアのあきらめのよさ、怖いよ。なんでもかんでも受けいれちゃう。リスクなんて考えずに……私を置いていく」
弱々しくつぶやくレナの声も、手も、細かく震えている。そのかすかなゆれに気づいてしまって、……ああ、くそ、勘弁しろよ。
らしくない幼馴染には、めっぽう弱い。昔からレナに頭が上がった試しはないけど、こういうのは反則だろう。
だらりと下げたままの手を、持ち上げかけて迷う。
なにを大げさなことを言ってるんだ、と笑い飛ばすのは簡単だった。だけどできない。
なんだこの、喉に焼けつくような違和感。俺の知らないレナがいるような。
お前、なにをそんなに怖れてるんだ?
「――姫。そろそろ」
「あ……うん。お手柔らかにね、コウ」
一瞬で仮面をかぶりなおしたレナが、それはそれは淑やかに微笑んだ。
あまりの変わり身に、見慣れていても顔がゆがむ。――そのまま、声をかけるタイミングを逃した。
「姫相手に手加減できるほど、うまくない」
「またまた。お互い恨みっこなしでいきましょう」
フィールドに向かう二人を追って、シュナがFDに入ってくる。入り口付近の壁に寄りかかる俺を見て、彼女は意味深に口角を上げた。
「――魔に堕ちた者を、見たことがあるか?」
唐突な問いかけの意図が読めず、食えない師匠を見つめる。
「私は、完全に堕ちた者を見たことはないが、染まりかけた者ならば幾度も見てきた」
「なんの話だよ?」
「もし、確証のない選択に惑うことがあれば、己の直感を信じることだな」
「はあ……」
「ただの世間話だ」
軽く笑いとばしたシュナが、首をまわす。その視線の先には、フィールドに上がった、レナとコウの背中がある。
「おい、シュナ――」
「教官、だ。……彼女から目を離すな。いかなる理由があろうと、私は試験を止められん」