第一話(2)
あくびを殺しながら大きく伸びをすると、固まっていた背骨のあたりがバキバキと鳴った。
「っくぁー、よく寝た」
古びた――じゃなくて、『歴史ある』『由緒正しい』学園だけあって、改修されていない倉庫の屋根は、ボロいし硬い。
風通しのよさを気に入って横になっても、あいにくとベッドには向かない材質だ。かまわず寝こけていた俺が言えたことじゃないが、寝心地は微妙。
誰も率先して登ろうとしない、って意味では最高のサボり場だけど。
つっても、わざわざ高尚な授業をサボるやつなんざ、俺以外にいないか。エリート意識の高い『学園生サマ』がそんなことするはずもない。
どの国にも属さない離島の魔術学園――狭き門をくぐった選ばれし学園生は、いわゆるエリート候補生だ。輝かしい将来を約束された魔術師の卵たち。一部の例外は、剣魔術目的の騎士志望だけど、権力志向に変わりはない。
「落ちこぼれは俺だけってね」
皮肉に笑いながら、屋根の端から身を乗りだして、下の様子をうかがった。
案の定、倉庫の前には、ゆるく波打つ髪を揺らして、せわしなく辺りを見回す幼なじみの姿がある。こうして遠目に見下ろす分には惚れ惚れするほどの、まるで人形のような美少女だ。
透き通るような金の髪に、宝珠のような青い瞳。
言い伝えに聞く『古の天使サマ』そっくりな色彩。こういう澄んだ色をまとうのは、どっかの国の貴族がほとんどで、下町育ちの平民が生まれもつことはめずらしい。
レナ=フェイルズ。品行方正・才色兼備を地でいく学園の『姫』。成績は非常に優秀。なんてったって、レナは俺たち五回生の首席を譲ったことがない。入学してから一度も、だ。
俺とおなじ学園指定のローブも、彼女が羽織ればガラリと印象を変える。根が生真面目だから、首元までカッチリと着こむのだ。中の制服はもちろん、襟まで折り目正しくシワ一つない。
まったく、これだから優等生ってやつは。見た目からして堅苦しい。状態保存の魔術でもかけてんじゃねーの? って、昔は疑ったけど、どうも違うらしかった。管理状態の違いってやつだろうか。
なんにしろ、常に前は全開、しかもシワだらけでヨレヨレな俺とは、すげー違い。同じデザインには見えないね。
「ノアー? ノ、――ああ!」
……お、見つかったな。
逃れようもなく視線が交わって、レナの目尻がつり上がっていく。
これは説教コースかな、なんて暢気にかまえていたら、すぐさま怒声が飛んできた。