第二話(6)
気持ち悪いくらい、晴れた日だった。
そんなに寒くもなかったけど、習慣のようにローブを肩にひっかけて、寝癖もそのままに試験会場へと向かう。真面目なやつらはみんな、とっくに会場入りしてるはずだ。
煌々と照らす天球の下、FDに集まった学生は、およそ百人。この日ばかりは、五回生全員が顔を揃える。
「――ない。姫はもう進級決まってるんだから」
いつもどおり、多くの学生に囲まれた輪の中に、レナの金髪を見つける。
「うん、でも、一応ね」
「免除されてるのに、わざわざ試験受けるなんて。魔術実技、98点なんでしょう? 越えようがないじゃない」
「剣術は得意じゃないし、自分の実力を知っておきたかったから」
さりげなく謙遜しながら、あいまいに微笑む。今日も今日とて、レナ=フェイルズは、非の打ちどころがない学園のオヒメサマ。
……あれ、ぜんぶ作り笑顔だって知ってんのか? あいつら。
なんとも言えない気分になって、すぐに視線をそらす。
魔術のクソジジイを唸らせる、見事な術式制御を披露したらしいレナは、ほとんど主席内定。九割越えなんて点数は、魔術ですら難しいのに、剣術では不可能だと言われている。
――遠回しに、俺の進級は無理だって言われてるようなものだけど。
正直、いまはレナに捕まりたくない。あの集団から解放される前に、どこかへ紛れこんでしまった方がいいだろう。
「おせーぞ、ノアー!」
壁際で、ウィルが大きく手を振る。
「ぜんぜん部屋出てこねーから、今日もサボりかと思った。お前の髪、ほんと目立つな」
いまだけは目立ちたくないけどな。射抜くようなレナの視線に気づかぬフリをしながら、あわててウィルの口を塞ぎにいった。
「くそ、ウィルのせいで気づかれただろ」
「ふぁれに? ――って、ああ。姫ね」
ウィルの視線が、FDの一角で談笑するレナに流れる。その近くには、コウ=リステナーの姿もあった。あちらはあちらで、一つのグループができている。
「大丈夫っしょ。姫、忙しそうだし、わざわざ説教しに来ないって」
「そういうわけじゃ――」
「いくらなんでも試験放棄はマズイよー。ノアくん。姫のお怒りもごもっとも。前代未聞の不祥事起こしといて、そりゃあ自業自得ってやつだよ、きみ」
チッチッチッ、と指を振ったウィルに、イラっとするも反論できない。やらかしたのは事実だ。
――先週行われた魔術の実技試験を、俺はボイコットした。
筆記試験だけはしれっと――丸一日がかりでレナに叩き込まれた論述内容を書くためだけに――参加してきたけど、基本的に魔術の授業はぜんぶサボり。
どうせ点が取れるはずもない試験。クソジジイには嫌われてるし、温情なんてもんあるわけがない。俺にとっては当然の選択だったんだけど、周りからしてみれば狂気の沙汰だったらしい。
「つーか、真面目な話、進級する気あんのかね? ノアくんよ」
「あたりまえだろ」
「っかぁー! どっからくんのかねぇ、その自信は!」
やれやれ、と大仰な仕草で空をあおぐウィル。俺のこと言えるほど成績良くもねぇだろ。最下位の俺よりは上だろうけど。
「俺、そんなに自信ありげに見える?」
「見えるっつーか、むしろ確信してるだろ、お前」
うらやましいぐらいだ、と言うウィルは、どこか呆れ顔。
「万が一なんて、考えるだけ無駄だと思ってるからな。どうにもならないものはどうにもならない。全力を尽くすだけだ」
あきらめいいのか悪いのかわかんねーよ、と言ってウィルが笑った。