第二話(4)
「お、ノアじゃん。しごかれてきたか?」
寮について開口一番。にやにやと笑いながら話しかけてきたのは、向かい部屋のウィル――最近できたお調子者の友人だった。
第二回の剣術講義で、周りの白い眼をものともせず、「シュナに気に入られるってなにしたんだよ!?」と本人の前で食ってかかってきた勇者である。……当然、天誅をくらっていた。
「見ての通り。ほぼ全身、打撲」
「うっわ、えげつねー。鬼教官サシのしごきとか、おっそろしくて俺だったら辞退するね」
「そんなんだからシュナに嫌われるんだよ」
「嫌われてねーし! 俺にはまだ見ぬ才能が眠っている!」
「そうかそうか、よかったな」
適当にあしらいながら、寮部屋の鍵を開ける。使った痕跡のない机と椅子、着替えが脱ぎ散らされたベッド、シワだらけの制服がつまったクローゼット、新品同様の教科書が居心地悪そうに並ぶ書棚――これだけでスペースが埋まる、手狭な一室だ。
書棚へ【飆牙】を無造作に立てかけると、断りもなく中までついてきたウィルの視線が流れた。
「そいつ、妙に貫禄のある剣だよな」
「やめとけ。吹っ飛ばされたの忘れたのか?」
シュナの忠告を聞かず、FDで気絶した馬鹿は、こいつだ。
「いや、いけるっしょ。あんときの俺とは違う」
それを言うなら、あんときの剣とは格が違う――ウィルが【飆牙】に手を伸ばした途端、ざわりと空気が動く。まずい。
とっさに、目の前に垂れるフードを掴み、全力で引き寄せた。
「うぉ!? ……っげほ」
尻もちをつくウィルの、ローブの袖がピッと切り裂かれる。容赦ねえな、あいかわらず。
間一髪、手を切り刻まれずに済んだことに気づいていないウィルは、不満げに口を尖らせた。
「いきなり、なにすんだよっ」
「こっちのセリフだ、馬鹿! 医務室の世話になりたくなかったら、不用意に触んな」
気に入らない対象物だけを器用に切り裂くことなんてお手のもの。しれっとたたずむ【飆牙】は、見かけ上なんの変化もない。
そのときようやく袖の切れ込みに気づいたらしいウィルが、「うわ」と声を漏らす。
「あー、もしかして、やばいやつ?」
「俺も詳しくは知らねーけど、……かなりな」
引きつった笑いを浮かべたウィルに、二度と手を出さないように言い含めつつ、プライドの塊のような相棒を恨みがましく睨んだ。
初めて模擬刀を使った練習後、手のひらを切り裂かれたのは、苦い記憶だ。
シュナは大笑いしてたけど、派手に流血させられた俺にとっちゃ笑いごとじゃない。主を主とも思わない所業に、こいつは俺に服従してるわけじゃないんだよなと思い知らされた。
そしてそのとき聞かされたのが――。
「風の神は、プライドが高くて気まぐれなんだと」




