第二話(3)
腰に【飆牙】をさげて、隔離空間を出る。
ほてった身体に、ローブは暑い。ぐしゃぐしゃにひっつかんで、制服の前も開けはなったまま、寮に向かってダラダラと歩いていたとき、とつぜん呼び止められた。
「――ノア=セルケトール?」
振り向けば、いつかFDで見かけた『優等生』の姿。黒いボブカットの小柄な少女――次席の地位をキープしている才媛コウ=リステナーだ。
目があった途端さっと顔を赤らめ、視線をそらしたコウを見て、自分の格好を思いだした。
「ああ……わるい」
なんだその反応。貴重すぎるだろ。
これがレナなら、問答無用で殴られるか、それこそ状態保存魔術でもかけられかねない。適当にシャツのボタンを留めながら、思わず視線が遠のいた。……あれのどこが姫だよ、あれの。
「シュナ教官、の?」
「え? あ、ああ。そう、剣術の……補講? みたいな」
「ノア=セルケトールは、いつもそうだね。自信家のくせして、あきらめてる」
「は?」
あきれたような生ぬるい声色で言われて、目を見開く。
「補講じゃない。あなたの方が、本講義。みんなわかってるよ」
「いや、それは」
「わかってる。わかってないのは、認めたくないだけ。勝手だね。一方的な価値観で見下してたのは、自分たちなのに」
コウは、そこで言葉を切り、柳眉を中心に寄せた。かわいらしい雰囲気の顔立ちに、不似合いなシワが刻まれる。
「ああいう人たち、気に入らない」
そう言って、桜色の唇を不機嫌につきだしたコウは、心なしか鈍重なオーラを背負っていた。
お、おお……。
なるほど、これはこれでお淑やかなだけの『姫』ではない。
お堅い優等生、というプロトタイプが音を立てて崩れていく。
かえってタチが悪いのは、秀才よりも、秀才になりそこねた凡人なのかもな。雲の上にいる人間は、わざわざ下を覗かないってことか。
「あのさ。その、ノア=セルケトールってやつ、やめない? ノアでいい」
汗にぬれた後ろ髪を乱しながら、提案する。
コウは、ぱちぱちと丸い目をまたたかせて、それから、かすかに笑った。
「ノアくんは、覚えてないと思うけど、私はずっと覚えてた。ひさびさに授業で見かけて、うれしかった」
思わず手が止まる。
まるで、昔から俺を知っていたような口ぶり――。
「進級試験がんばって」
早口に言い捨て、立ち去っていく華奢な背中を、言葉を失くしたまま呆然と見つめた。
学年次席、エリートのコウ。控えめで、一度も視線が交わったことなんてなくて。どちらかと言えば、避けられていたような記憶も、あって。
「なんだ、いまの」
……嫌われてんのかと、思ってた。