第一話(19)
「見事だな」
パン、パン――と手を打ち鳴らされ、シュナの存在をようやく思いだした。
あの暴風の中、まったく変わらない場所に立ちつづけていた彼女こそ、底が知れない。台風の目にいた俺と違って、相当な力を受けていたはずなんだが。
しれっとした態度でたたずむシュナに、口元を引きつらせた。……義父さん。あんたの旧友、とんでもない。
「さて。いまが一体なんの時間か、覚えているか?」
「授業、中……」
「覚えていたようでなにより。戻るぞ、――『ノア』」
げんなりと従おうとしていた俺は、思わずシュナを凝視した。
いま、俺の名前――!?
教官は、一部の例外を除いて、学生を名で呼ばない。姓か、フルネームか、称号やあだ名なんてケースもあるけど、とにかく名前だけは使わない。
エリート学園ならではの埃かぶった伝統だ。一握りの目をかけた学生――教官としての立場を抜いて、弟子として指導する学生だけを名前で呼ぶ。
首席を飾るレナなんて常連だけど、当然俺を選ぶような教官はいなかった、のに。
「なにを惚けている、ノア=セルケトール」
「え、あ……いや、さっき」
「時間を無駄にするな。私に師事する以上、これまでの生活態度が許されると思うなよ」
茶褐色の瞳を、いたずらっぽく輝かせて、シュナ=フェブリテは笑っていた。
これまでの?
いままでの、腐りきってた俺のことも、ずっと見てたっていうのか?
その上で俺を、なんて、型破りにもほどがある。
「俺、で、いいのかよ」
まだ、どこか夢見心地で、呆然とつぶやいた。
「忘れたか? それを任されたのは、私だ」
シュナの視線の先にあるのは、俺の手に吸いついたようになじむ、白銀の剣。
「【飆牙】に選ばれた主の実力、見せてもらわねばなるまい」
新しい相棒の柄を、しっかりと握り直しながら、なにかが変わっていく予感を噛みしめた。
重くわずらわしいばかりだった『セルケトール』の姓。生きる場所と名前をくれた恩人に、俺は、誇れる明日を見つけられるだろうか?
「はい、――シュナ教官」
動きだす。
凍っていた時が、いま溶けだして。
――運命の針は、回り始めた。




