第一話(17)
ごくりと、つばを飲み下しながら、台座の上に浮かぶ【飆牙】を眺める。
白銀色の片刃は、のびやかな曲線を描き、ユニコーンの鬣で織られた握りは、清廉な月光色の輝きをまとう。こまやかな細工の施された鍔、研ぎ澄まされた鋒、流麗な刃紋――やはり、どこをとっても一流の美術品にも劣らない風格を備えている。
けれど、ただ飾られるために生まれたものではない。
ゆっくりと近づくにつれて、このあまりにも美しすぎる剣が宿す力の大きさを、直感する。
これまで、どれだけの人間がこの剣を渇望し、どれだけの人間がこの剣に拒まれたのか。誰にも屈したことのない――おそらくここにいるシュナ=フェブリテさえも主と認めなかった――気位の高い魔器。
俺が、その価値を生かせるとは思わないけど。
――拒まれるとも、思わなかった。
「ひるがえる風の牙……か」
どこか懐かしいような。惹きつけられるような。
熱に浮かされたような感覚のまま、浮遊する剣の柄を、――握った。
風が吹き荒れる。正面から吹きつける暴風の中、カタカタと細かく震えだした【飆牙】のことは、しっかりと握りしめて離さない。
拒まれてはいない。
拒まれるはずがない。
【風】が、俺を拒むはずが、ない――。
どこから湧いてくるのかもわからない自信。いや、確信と言った方がいいのかもしれない。
俺は、【飆牙】に受けいれられることを、微塵も疑っていなかった。
やがて、震えが収まったとき、ふたたびあの声が聞こえた。
《きみを待っていた――始まりにして終わり……【一人の者】の魂を継ぐ者よ》
頭に直接届くような声。なんども俺を呼んだ子供の声が、歓喜を押し殺して、問う。
《なにを望む?》
望み?
……俺の、望み。
叶えてやろう、とまで言いたげな口調で問われて、初めて気づいた。
わからない――。
名誉も、金も、いまさら欲しいとは思わない。
認めてほしいと思ったことが、ないわけじゃないけれど。願った相手はもういない。慈しんだ人はみな消えた。でも、引きとめたいと思ったことはない。好きに生ききった姿を知っているから。
望んだところで、なにも満たされるものがないと知ってしまっている。
いまここにあるちっぽけな現実の他に、いまさら俺が望むものなんてあるだろうか?
輝かしい未来を描けないのとおなじだけ、俺には過去もない。覚えていない。俺の世界は、養父の手を取った、あの日から始まる。
……ああ、そうか。
たった一つ、望むものがあるとすれば、それは。