第一話(15)
「……ここは?」
応答はない。がらんとした回廊に、俺の声だけが空しく響く。
「なあ。シュナ! ……教官」
先導する背中を呼び止めようとして、無言の圧力を受ける。はいはい、教官ね、教官。
俺にとってのシュナ=フェブリテは、戦場を舞う勇壮な剣士であって、間違ってもこんなところで餓鬼の剣術ごっこにつきあうような器じゃないんだけど。
「黙ってつづけ」
あれに会いたいのだろう、と短く告げて、シュナは、さっと先へ進む。
FDを離れ、連れてこられたのは、学園の地下。俺ですら知らなかった隠し通路を抜け、延々とまっすぐに進みつづけてきた。
特徴のない――それでいて貧相にもみえない上等な壁が左右を挟む、無機質な回廊だ。どれほどの長さがあるのかわからない。幅は、めいっぱい両腕をひろげて届くかどうかってところ。
おなじ景色の中を黙々と歩きつづけて、どれだけ経っただろう。
ふと、鼻腔をくすぐる、ほのかな薫りに気づいた。決して心地よさだけではないけれど、どこか懐かしくて、草を噛むような感覚を覚えさせるような、……どうして。
地下の回廊に、風の薫りが?
はたと足を止めた俺に気づいたシュナが、ゆっくりと目を細める。
「なるほど。どうしても『主』だけを迎え入れたいようだな、【飆牙】――」
にやり、と笑った拍子に、彼女の頬に走る魔傷が目に入った。引きつったような傷痕に、うっすらと浮かびあがる斑紋は、青紫。毒々しい色合いに、なんとなく目をそらす。
「ヒョウガ?」
「ノア=セルケトール。扉を開けろ。気位の高い風は、お前だけをお呼びのようだ」
開けろと言われたって、どこに扉が――。
「……まじかよ」
ふと視線を流した右の壁に、半透明の大扉が映りこんでいる。姿を映して見せたときのように。まるでそこに水面があって、その上をたゆたっているかのように。
真白い壁面に浮かびあがる、両開きの扉。
ごくり、と生つばを呑み下して、手を伸ばす。
――ここに、あれが……?
あの、美しい剣が。
指先が水に触れた刹那、世界が暗転した。ぐん、と引きこまれるような感覚。奥へ、奥へと、暗闇が流れていく。
《待っていた》
地上で聞いた、無邪気な子供のような声が響く。
なんだよ、これ。
ここ、どこだ?
お前は?
お前の姿はどこだよ。
「呼んだなら、最後まで責任持って案内しやがれ――!」
闇が、散る。
波が引くように消え失せた暗幕の向こう側に、広がっていたのは一面の白――ほのかに翠がかった、泡のような白い壁が囲う、円形のホールだった。荘厳な趣きをただよわせた空間の中央には、精巧な彫り物に飾られた円座がある。
――そして、なにより目を引くのは、そこに『浮いている』一振りの剣の存在だった。