第一話(14)
すぐに柄から手を離して、剣の山にそれを戻す。
ついでに一本、二本と取りだしていくけど、結果はおなじ。しっかりと握った途端に、剣の方が怯えるように震えだしてしまう。選ぶな、と言わんばかりに。
拒絶というより、これじゃ、まるで辞退だ。俺が意識するより早く、手の中から勝手にこぼれ落ちていく。なんだよ、これ。
《ま……た》
声は止まない。
呼ばれている。
でも、どこから? なにに?
違う。違う。これも違う。……くそ、なんなんだよ、さっきから。
呼ぶならハッキリ呼べっての!
《――きみたちを、待っていた》
台座の中心が、淡く、ぼんやりとした輝きをまとう。かすかに見えるその色は、俺自身によく似た――『芽吹いたばかりの若葉と、降りそそぐ恵みの水をまぜた』翡翠色。
誘われるように、一歩、二歩と近づいていく。剣の山をかき分けて、中央へ。
気がつけば、周囲は無音になっていた。なにも聞こえない。ただ、俺を呼ぶ、声なき声だけが、脳裏に響き続けている。
……見つからない。たしかに、呼ばれているのに。近くにいるのに。
俺を選んだんだろう?
俺を求めたんだろう?
なあ。
だったら。
「応えろよ――」
グニャリ、とゆがんだ足下が、水鏡のように姿を変える。真白かった台座の表面が、透き通った水面に変じていた。さながら、底が見えないほど深い泉。その上に、ぽつりと浮かんでいるような。
そして、中央。深みに沈む、一振りの剣。
単純に剣と呼ぶのは、ためらわれる形だ。ゆるやかな曲線が美しい、片刃の刀剣。装飾は決して華美ではないのに、圧倒的な風格を感じさせる。
細やかな細工が施された銀の鍔、そして、ほのかに輝く白銀の毛で織りなされた柄。あれは、ユニコーンの鬣だろうか。価値とか、考えるのも馬鹿らしい。特一級品――むしろ、芸術品の域だろう。
こいつが、俺を呼んだ……?
信じがたい。けど、さっきまで口うるさいほど響いていた呼び声が、いまは聞こえない。
待っている? 俺を?
おそるおそる伸ばした手は、水面に遮られて届かない。
――違う。この剣は、ここにはない。ただ、姿を映して見せただけだ。
呼んでいる。まだ、俺を。
言葉よりも明確に、呼び続けている。
――ここに来い、と。
「は、ははは! まったく、やってくれたなあクリス。よもやこんな餓鬼に、【飆牙】がひざまずこうとは!」
シュナ=フェブリテは、興奮にゆれる声を隠しもせずに、高らかに笑う。
そして俺を、有無を言わせない茶褐色の瞳で射ぬいた。
「――ついてこい。ソレに会わせてやろう」