第三話(2)
「嘘じゃないんだけどなあ」
ラルクは苦笑して肩をすくめた。
「ヴィストリアでは強い魔力を持つ子供は生まれにくい。ここ数年は特に顕著だ――魔導なき大国って噂、聞いたことない?」
「世間じゃ常識なのかもしれねーけど、あいにく俺はほとんど学園の外に出たことがなくてな」
「なるほど、それでいてヴィストリアの国家機密には触れた。極端だね」
軽い口調で揶揄することじゃねえだろう。誰のせいだ、誰の。
いや、元はと言えば深く考えずにカイルの言葉を引用して藪蛇をつついた俺が悪いのか。
「まあそれは冗談として」
「……お前の冗談は笑えねーんだよ」
どこまで本気かわかったものじゃない。
そういえば、いつのまにか声が聞こえなくなったレオンはと視線を移せば、さらに増えた縄に口を塞がれて尚も暴れて争っていた。その様子を横目に見つつ、ある意味で尊敬の念を抱きはじめる。
俺にはそこまでして逆らう勇気は持てそうになかった。
「とにかく瘴気に関して僕の心配はいらない。セルシアが戻ったら出立しよう」
姿の見えないセルシアは、普段から一人で見回りや先見を担当しているらしい。今もルートの確認に出ているようだ。
「レオンはどうする?」
「常人なら数日は安静にさせるところだけど、残念ながら愚弟の場合、血の気が抑えられてちょうどいいくらいだ」
ラルクが両手を打ち鳴らすと、レオンを拘束していた縄は一瞬で解けて消え去り、不意打ちで支えを失った身体がどさりと地に落ちた。
どう考えても怪我人の扱いではないが……それでも難なく転がって受け身をとり、素早く飛び起きたレオンは両手を上げて叫んだ。
「飯!」
「……これだからね」
深々と吐き出された息の重さに、これまでのラルクの苦労を垣間見た気がする。
*
それから数日、風の国の領域と思われる森の中を歩く間は、拍子抜けするほど楽に進んだ。
魔物どころか大型の獣に出くわすことさえなく、悪路と言えるほどの難所もない。さらに陽が沈む頃には自然と水場の近い野営に向いた場所にたどり着いているといった具合で、不自然なほどに都合よく事が運ぶ。
もしかしなくとも、これは案内人の技能がすごい――?
という可能性に俺が思い至ったのは、3日目の夜のことだった。
魔術学園のある平和ボケした離島ですら、森はここまで静かではなかった。あそこに野生の魔獣は出ないけど、それでもそれなりの危険種は生息していたし、魔力に当てられて変異した毒性のある植物だって少なくなかったのに。
ふと思い立って、いつものように真っ先に寝床を抜け出したセルシアの後を追ってみることにした。
長髪を風に靡かせた青年は、枝ぶりの見事な大樹に目をつけて足を止めると、その幹を労るように撫でて、額を預けて祈るように目を伏せて、長い間そのままジッと静止していた。
美麗な容姿も相まって、神聖な壁画を見ているかのような光景だったが……。
「邪魔になるから、あまり近づかないように」
「あ、ああ……」
ラルクか。びっくりした。
魔術師のくせに気配もなく後ろに立たないでほしい。いや、息をするように魔術を発動する魔術師だからこそ、か?
「あれは一体なにをしてるんだ?」
ひそひそと小声で尋ねれば、ラルクは片手で消音結界を張りながら答えた。
「森に尋ねてるんだって」
「まさか……木と会話を?」
「言葉や意思を持つわけではないらしいよ。本質に触れ、総体と交わり、叡智を共有する。言語化するのは難しいな。物質的なものに限らず、彼らの感覚は人からすれば常軌を逸した水準にあるんだ」
「よくわかんねえけどすごそう。エルフってやつは誰でもそんな芸当ができるのか?」
「大なり小なりは。セルシアは特別だと思うよ。何百年という時のスケールを超えなれば知りえない情報を、現代の語彙に翻訳してみせることもある――魔法みたいでしょ」
お前が言うのか、という気がしなくもないが、それほどの能力ならば魔法に匹敵する神秘と評価されるのも頷ける。