第二話(19)
それにしても、身体が重い。気が抜けたら一気に疲れが回ってきた。もう起き上がりたくすらない。いま目を閉じたら一瞬で寝れそうだ。
「なーお前さー、実際のとこ、天使なの人なの? それとも、もっとヤベーやつ?」
「は?」
「ちなみに俺は竜なんだけど」
「は?」
脈絡のない会話を理解することを脳が拒否した。
「俺。レオン」
「それはしってる」
「レオン=ゔぃ……えぇと……」
「ヴィストルイ?」
「そうそれ! よく覚えてんなあ、ノラ」
「ノアだよ」
すっかりレオンのペースだが、もはや抵抗する気力がない。
竜……竜ね……まあそうだろうとは思ってたけど。ラルクの話と合わせて考えれば、子供の頃に竜に攫われて、竜の里で育った人間ってとこだろう。
それにしても、随分あっさりと姓を認めたな。
「レオンは、憎んでないのか?」
「なにを?」
「国とか、父親とか」
ラルクの拒絶っぷりを思い返しながら尋ねると、レオンはわかりやすく顔を歪めた。この表情は……嫌悪感、じゃないな。地雷を踏み抜いた苦い経験を思い返しでもしたのだろう。
「あー……あれな。難しい話はよくわかんねえけど、ラルクがああなのは、人だからじゃねえの」
「人だから?」
「魔物を殺して、獣を食って、でも人は襲うなって言うからな。ラルクは」
「いや、そりゃそうだろ」
聞き捨てならない台詞に思わず突っ込む。
「なんで?」
レオンは、本気でわからないと言うような顔で首をかしげた。
「なんでって、じゃあお前、人を殺すことに抵抗がないとか?」
「あるけど、命を貰うってそういうもんだろ」
「そういう……」
自信満々に言い切られると、どう反応したらいいのかわからなくなる。俺の感覚がズレてんのか?
「俺にはよくわかんねえけど、人間は線引きにこだわるよな。違う生き物だったら殺してもよくて、同じ生き物だったら殺しちゃいけない。そういう決まり事の上で暮らしているかと思えば、ときどき面倒な理由をつけて食うためでもなく殺し合ったりもする」
人間という種族を外側から評価するような物言いといい、独特の死生観といい、レオンは人間よりも竜よりの意識を持ってるらしい。
「そりゃ竜の視点からみたら変わらないって話か?」
「んー……竜っていうか、俺にとってはな。なにかもが同じように違って、違うことに意味なんかないんだから、ぜんぶ同じってことじゃねえの」
「その理屈だと、人間も竜も、魔物さえ同じだってことになるだろ」
「同じでなにが悪いんだ? ラルクやセルシアのことは好きだし、お前のこともまあ嫌いじゃない。それは人だからじゃない。でも、ラルクは、人間って種族のことも、ヴィストリアって国のことも、特別に感じてるからこそ怒ってんだろ」
人だから、人というだけで特別に思う。
人でなければ、そんな枠組みは存在しない。
「……そういうもんか?」
わかるような、わからないような。
「ノアは中途半端だな」
レオンはそう言って笑った。
自覚がないわけではない。はっきり決めきれないのは、当事者だという実感がないからだ。自分が何者なのかも、なにを大切にするのかも、そのためにどんな犠牲を払うのかも、わからないままフラフラとさまよっている。
それを中途半端だというのなら、そうなのだろう。
セルシアも猶予期間とか言ってたっけ。
「お前、たぶんどっち側にも来れるよ。でもまだこっちには来ない方がいい。なんかわかんねえけど、そんな気がする――」
レオンの言葉が遠ざかる。眠気が限界にさしかかっていた。
再び起き上がって天幕まで歩く気力はなく、俺は疲労感に包まれながら眠りに落ちていった。