第二話(15)
挑発されているのは、わかる。
――この感覚。
最初に斬りかかられた時も同じことを思ったが、視覚を制限されると、レオンの異様な存在感が余計に際立つ。
いま対峙している相手は自分と対して体格の変わらない青年1人だとわかっているのに、なぜかとんでもない巨躯の獣が横たわり待ち構えているような錯覚がして、間合いに飛び込むのを躊躇わせる。
でも、わかっているのだから、恐れることはない。
落ち着かない気をなだめるように深く息を吐き、呼吸を整えると、【飆牙】の柄を握り直して脇に構え、踏み込む。迷うな。真正面から、全速力で。重心は下に、低く姿勢を保って。いつでも切り上げられるように身構えながら、刀身を身体の影に隠して一息に詰める。
わざわざ位置を知らせて待ち構えるようなことをしなくても、闇に紛れて死角から急襲でもした方がよほど俺にとって厄介だろう。なのに、レオンはそうしない。
何十回とくりかえしたシュナとの手合わせと同じだ。なにを確かめたいのか知らないが、俺の出方を探るために、手加減されている。
表情を視認できる距離まで微動だにしなかったレオンは、無防備に半身を晒して飛び込んでくる俺を一瞬だけ驚いたような顔で迎えて、それからニヤリと笑った。
それでもまだ動かない――まだ――こんな攻撃、余裕をもって避けようと思えばいくらでも躱せるだろうに、どこまで引きつけ――もう一歩踏み込めば刃が届くという最後の一足で、ようやく竜の首が動いた。
ぞわりと肌が粟立ち、それでも思いきり真横から凪いだ一撃は、鎧のような黒鱗にあっさりと弾かれる。
違う、あれは剣だ。レオンが握っていた黒い剣。
わかっていても感覚が狂う。
「軽いな」
二度、三度と、角度を変えて攻める俺の剣を、左右に武器を持ち替えながら易々と打ち払って、レオンが首を傾げる。
が、首を傾げたいのは俺の方だ。
初めて握った瞬間から【飆牙】は切り裂くことに特化した剣だった。使い手に重さを感じさせないだけでなく、相手に与える衝撃も少ない。あらゆるものとの接触を避け、速さを極め、一刀のもとに斬り捨てる。そういう武器だった。
半分は依代にしていたフィオンの性格のせいだろうけど、風を操る力も、重さを捨て斬れ味に特化した性質も、そもそも器である【飆牙】自体に備わっていたものだ。
魔器ならわかる。相応の力をもった剣なら、その意思は嫌がるかもしれないが耐えるだろう。でも。
あの黒い剣――まったく魔力は感じないが、さっきも今も、なんで普通に打ち合いが成立してる?
レオンの剣捌きも調子を狂わせる。右から斬りこめば左手で、左から斬りこめば右手で、いつのまにか持ち替えられた剣が狙った軌道を塞いでくる。
剣術として見るなら、とんでもなく荒い。柄の握り方さえめちゃくちゃで、握り変える都度、順手だったり逆手だったり、構えとも思えない構えをとる。それでいて、どんな角度で受けても軽々と攻撃を弾くのだ。
無駄な動きも多く、隙だらけなのになぜか、致命的なミスにならないようにギリギリの線でカバーされている。俺が打ち込もうとする場所をわかっているかのように必ずそこに剣がある。
あの、夜に溶け込むような、まったく光を反射しない漆黒の剣が。